第2話【澄凪の人魚姫】2


 俺が地元から遠く離れた離島である澄凪島すみなぎじまに引っ越す事が決まったのは、中学三年生の頃だった。


 なんてことはない。

 ただ進学先が離島にあって、引っ越す必要があったからだ。


 両親を早くに失い、施設で育った俺。

 特別親しい友人も居なければ、家族も居ない俺にとって、進学先がどこになっても問題はなかった。


 だから、施設の職員の親戚が理事をしている高校の生徒数が年々減っていて困っているという話を聞いた時、そしてこのまま代わり映えのない人生を送っていくことに価値を見出せないでいた時に、俺は澄凪島に引っ越すことを決めたのだ。


 それからは、そうだなぁ……。

 まぁ、楽しい時間を過ごしている。


 陸斗という友達もできて、良い返事こそ貰っていないけど、好きな人もできた。


 勿論、それで苦しい思いをすることもあるけれど、それ以上にそんな日々はこれまでの退屈な時間よりは有意義で価値のあるものだと言えるだろう。


 でも……でもさ。

 やっぱりフラれるのはツラいわ……。


 向かっている先が恋愛成就で有名な場所なら尚更……ってダメだ。メンタルがマイナスになってる。


 頭をブンブンと振り、思考を振り払うと歩みを進める。

 向かう先は陸斗オススメの”澄凪すみなぎ星浮ほしうかし”がよく見えるという穴場だ。


 ――そう、陸斗オススメの穴場。



 少し考えれば分かったことだろう。


 俺が向かった先は陸斗オススメの穴場。

 そして陸斗と汐海は幼馴染で、放課後の会話的に汐海は今日、澄凪の星浮かしに行くような雰囲気を出していた。


 だから、ここに汐海が居ても不思議なことは無い! 無いんだけど……。

 警戒心をそのままに、俺を睨んでいる汐海。


 いやこれ……完全にストーカーだと思われてますわ。


 決して後をつけたわけでも、何か思惑があって来たわけでも無いんだけど……まぁ、普通に怪しいわな。


「えっと……偶然だね」


「偶然? 本当に? ここってそんなにメジャーな場所じゃないんだけど」


「ああ、それは陸斗に教えてもらったから」


「……ふーん」


 はい! 無言の気まずい空間の出来上がり!

 レシピは至って簡単、フった女子とフラれた男子で完成だ!


 なんて……そんなことを考えてしまうくらいには気まずい。

 心の中だけでもふざけないとやってられない。


「それで? 何しに来たの?」


「いや、普通に星浮かしを見に来たんだけど……」


「全然見てないじゃん」


「それは汐海が居たからビックリしたと言うか、なんと言うか……」


 変わらず警戒している様子の汐海。

 考えてみれば当然だ。


 陸斗に教えて貰った場所は穴場と言うだけあって人気は無く、周囲に街灯も無いから薄暗い。

 そんなところに今日フッた男が来た。


 警戒しない方がおかしいだろう。


 しかし、意外だったのは、そんな状況にも関わらず先に話しかけてきたのが汐海の方だったということだった。


「澄凪の星浮かし、初めて?」


「ああ、うん」


「八木って本州から来たんだっけ?」


「そう。高校の入学と同時に」


 弾まない会話。

 しかし、澄凪の星浮かしが作り出す静かな雰囲気だからか違和感は無かった。


 まぁ、違和感が無いからと言って、気まずさが消える訳でも無いし、何なら目的である星浮かしをまともに見れてないんだけど……。


「星浮かしってよく言ったものだよね」


「……確かに。まるで本当に星が浮かんでいるみたいだ」


 俺は汐海との少し気まずい会話をお供に、目の前の光景――澄凪の星浮かしを眺める。


 澄凪島の”澄凪の星浮かし”。

 それは一か月に一度、新月の時だけ見られるこの地特有の現象の名前である。


 波が極端に小さい澄凪島。

 その理由は島の形状やら、海底の形状やら、そもそもの環境だったりするみたいだが、兎にも角にも、その海は夜になると、平らな鏡のように海面に夜空を映し出し、まるで星が浮いているような現象を起こすらしく、それが澄凪の星浮かしというわけだ。


 ちなみに一か月に一度しか見れないというのは、新月……つまりは月が見えない時じゃないと、月の光が邪魔で夜空に淡く光る星が見えないということらしい。


 とまぁ、これが澄凪の星浮かしの概要なわけだが、詳しい事は分からないし、わざわざ調べようとは思わない……が、この島に住んでいる以上は、一度は見ておいて損は無いだろう。


「こっちは人が少ないから落ち着いて見れていいわ。あっちだとナンパとかされて面倒だし……まぁ、こっちにも不審者が一人居るけどね」


「不審者……。まぁ、汐海から見ればそう見えるかもしれないけど……そんなことよりナンパ、されんの?」


 心がざわざわする。


 これは嫉妬に似て非なるものだ。いや、普通に嫉妬か? それとも焦り?

 この感情の名前を俺は知らない。


「残念なことにね。星浮かしに恋愛成就のご利益があるって広まって、島外からも恋人探ししてる人とかが来るようになったからね。ワンチャンスを狙ってるんじゃない?」


「……そっか」


「何沈んだ声出してるの。私がナンパされたとしても八木には関係無いじゃん」


「それはそうだけど……でも、好きな人がナンパされるのって……良い気がしねぇーなって」


 そう。良い気がしない。

 俺以外の男にチャンスがあるなんて考えたく無いのだ。

 我ながら小さな男だと思う。

 

「語尾、荒くなってる」


「それは……ごめん」


「でも、そっか。なんか少し……罪悪感」


「え? なんで?」


「正直、本気じゃないと思ってたから」


 汐海の声は俺ではなく、静かな空間に対して呟かれる。

 それは文字通り罪悪感からか、それとも別の意図があるのか。

 いくら汐海が好きだからと言っても、心の中までは分からなかった。


「……五回も告白してるのに?」


「だからじゃない? 普通に怖いし」


「そのくらい好きってことなんだけど」


 そう。それくらい汐海のことが好きで……そして汐海にも俺を好きになって欲しい。

 だから俺は何度も想いを伝えてきたのだ。


 しかし、それは良くなかった行動だったようで……汐海は深くため息をつくと間違いを指摘するように口を開いた。


「そういう言葉は安易に言うべきじゃないと思うよ」


「そうか? 俺としては好きなら好きって伝えてなんぼだと思ってるんだけどな」


「確かにそういう考えもあるんだろうけど……正直、ちょっと気になってる程度で簡単に、誰にでも言ってるのかなって思われても不思議じゃないよ」


「……そういうもん?」


「うん。そういうもん。少なくとも私はそう思う」


「……そっか」


 俺の告白が本気じゃないと思われていたことに大きな衝撃を受ける。

 そりゃ、告白なんて成功するわけがない。

 完全に俺のミスだ。


「じゃあさ、どうやったら付き合ってくれる? どうしたら好きになってくれる? どうしても諦めきれないんだけど」


 分からないから聞いてみろ。

 既に五回も告白している俺には守るべきプライドも、張る見栄もないのだ。


「そうだね……まず高収入、高身長、優れた容姿に優れたスペック、包容力も欲しいかな。そしてこれはこっちの事情なんだけど、婿入りしてくれる人。これが大前提。だから……八木がそうなったら好きになるんじゃない?」


 指を折ること六つ。

 ちくしょう、片手では足りずに折り返しやがった。


「……そっか。無理じゃん!」


「ま、そういうことだから、新しく好きな人を探した方が良いよ」


「それができれば苦労は無いって。……一つだけ聞いても良いか?」


「ん? 何?」


「あのさ……一度しか恋愛する気は無いって言ってるけど、それって何か理由があるの?」


 汐海鞠奈が人魚姫と呼ばれている所以。

 俺が告白する度に聞かされた「一度しか恋愛するつもりはない」という言葉。

 その意味を……意図を俺は知りたかった。

 

「それはね、私が人魚だから……かな?」


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