漢字が思い出せない

その日の夜。

聖女様が代々使っているという部屋に案内された。

わー、凄い広い部屋。家のリビングより広いぞ。

煌びやかな装飾品に絵画、天蓋付きベット。

妹は焦茶のツインテールをふわふわと動かして「お金持ちになったみたい!」と辺りを歩き回っていた。みたいじゃなくて、なったんだけどな。



「ほら、お姉ちゃん。見てみ!オルゴールあるで!こっちにはオシャレなお菓子も!食べてええんかな!?」

「おん、ええで。好きなだけお食べ」

「お姉ちゃんも食べようや!」



ベットに座る私に妹は白い皿ごと持って隣に座ってくる。色とりどりのマカロン。甘いものが好きな妹は幸せそうに食べる。



「サヤ、…?」

「お姉ちゃん?どうしたいん?」

「いや、何でもない。お前はこの世界に来て何がしたい?最推しとハッピーエンドになりたい?」

「そりゃそうだよ!あー…早く会いたいなあ…会うにはまずやることが山積みだから我慢だけど…」

「そっか、わかった」



妹の最推し…死ぬほど話に聞いていたから覚えてる。

簡単に会えるとは思わない、私が混じったせいで本来のルートとはかけ離れしまったのだから。

マカロンを一つ、食べる。甘い。



「お姉ちゃん…この世界来てから難しい顔してるね…嬉しくない?」

「!いや嬉しいで。妹が一番楽しくやってたゲームやもん。私も楽しまんとな」



にこりと微笑めば、妹はそうだよね!と明るかった。


はしゃいで眠ってしまった妹を確認して、用意された椅子に座る。座り心地のいいそれに高級感を感じる。ペンは…やっぱりボールペンとかないやな。と羽ペンを取ると小さなメモ帳を一枚破る。

さっきの違和感が気になる。



「…」



サヤの漢字が思い出せない。

どういうことだろう。

それほど私は馬鹿だったということか!

…んわけあるか。と自分の名前を書こうとして手が止まる。



『ユウ』



辛うじてカタカナが書ける程度だ。漢字が思い出せない。

元の世界への繋がりだ途絶えてきてる気がする。感覚の話なので憶測でしか分からないが。

まるでこの世界から逃がさないと言われている気分だ。気分が良くない。

椅子から立ち上がって本棚を見る。見たことのない文字だ。てきとうに一冊取ってページを捲る。



「…全く読めん」



読めなくて安心した。読めればこの世界の住人だ。


妹はこの世界で最推しとハッピーエンドになりたいと言った。妹がそういうなら叶えよう。

叶えてから、私は…。


私は本を閉じて本棚に戻した。

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