第7話 真宵の森
「アルトさん、コーヒーでよかったですか。お腹空いてるんじゃないかと思って、一緒にサンドイッチも買ってきましたよ」
「ん。サンキュ」
お気に召したようだ。よかった。リゼットは早速購入したばかりのサンドイッチに手を伸ばした。アルトは眠気を覚ますために淹れたて熱々のコーヒーを飲む。
名物のサンドイッチは、バゲットがサクッとしていて。ローズハムにトマトとレタスを乗せた組み合わせが最高にマッチしている。そこにとろっとろに溶けたチーズが合わさることで、味の奥深さが格段に増している。それで終わりではない。リゼットは氷が入ったキンキンの牛乳を最後にグイっと流し込む。
「・・・うん、最高ですっ」
景色を眺めながら電車の中で食べるご飯というのもまた、味があって格別に美味しい。アルトさんも買ってきたサンドイッチをぺろりと平らげ。まんざらでもない様子だった。腹も満たされ、体力も万全な状態となって、
すっかり緩み切っていた所だった。
突如として電車内に。
アナウンスが発表される。
『場内で不審な音を探知したとの情報がありました。電車の安全の確保の為。場内を隈なく捜索致します。それまでの間、しばらく席でお待ちいただけるようお願い申し上げます。』
「・・・え。私達、関係ないですよね?これ」
「ああ。だが、まずいな。誰だか知らんが余計なことをしてくれたらしい。俺たちも巻き込まれる可能性が―」
『———はい。申し訳ございません。安全の確認のため、各座席の方々に身分証の提示をお願いしております。はい確認が取れましたのでお返しいたします。ご協力のほど誠にありがとうございます。次のお客様。』
「・・・えっと。どうします、か?」
「チッ。着いてこい。一番後ろの車両に向かうぞ。この電車から脱出する」
列車の最後尾に向かう二人。
その最後尾前で警戒していた警備員を二人係で気絶させる。窓から外を見ると、列車はおよそ時速「80km」の速度でレールの上を進んでいる。このまま飛び降りるのは自殺行為に等しく、故に。車掌扉を開けて電車の連結部を切り離し。脱出しようという作戦だった。急いで気絶させた警備員の服を脱がし、上から服を羽織上げると食糧箱の中に体を隠して。
二人は外に出て車両をの連結部分の鎖を切り離そうと全力で力を込める。だが、素手ではびくともしない。
「―おい!金具かなにか硬いもの持って来てくれ。素手じゃ無理だ!!」
「は、いっ!・・・バールみたいなのがあります。これでっ」
「・・・ナイスっ。これで、、、」
「見つけたぞッ!!」
『えー。各員に通達、不審者は最後尾の車両にて列車の切り離しを遂行中、至急駆けつけてくれ。繰り返す最後尾に応援を頼む』
「待たんか、きさまらぁッ!!」
「・・・ご、誤解です。それは別の人がやった事で・・・」
「言い訳は無用だお縄につけ!!今すぐ、手を挙げてそこの床に降伏しろ!!」
懐に忍ばせたホルダーから拳銃を取り出して拳銃を構えてくくる。
後少しだったのに、切り離しができない。呼び出された警備の奴らもすぐそこまで向かってきている。囲まれてしまって逃げ場所がない。パスポートがないだけだが、この国では罪に問われる。捕まったら刑務所に送られてしまうだろう。そうなったら任務どころの騒ぎじゃなくなってしまう。
どうする・・・どうする・・・、、、
「おい。飛び降りるぞ」
えっ、マジですか。。。
アルトは手に持っていたバールを警官の一人に咄嗟に投げ捨て、ひるんだタイミングでリゼットの手を引く。思わぬ反撃を受けた警官らは、一瞬の怯みを見せたが。
直ぐに二人に向けて発泡を開始。硝煙が辺りに飛び交う。弾丸を座席を蹴り上げる事で盾にすることで、銃弾から身を防ぐ。リゼットを庇おうと抱きかかた時。警官の撃った弾が電車の金属金具に当たって跳弾し。
弾丸がアルトの右腕に突き刺さった。
「・・・っ」
「ど、どうしました。」
「、なんでもねぇ・・・」
一瞬怯みを見せるアルトだったが、痛みを堪えリゼットを抱えたまま。座席を扉の前でふさぎこみ、展望デッキへと飛び出した二人。
後ろからは警官たちの怒号と、座席と扉を破壊する音が聞こえてくる。ここまで来た以上、デッキから飛び降りる以外の選択肢は無くなった。
地面と離れた位置に高く飛び降りる。もしも服でも巻き込まれる事があれば、その時はレールの下で列車に巻き込まれぐちゃぐちゃのミンチに早変わりする事だろう。
仮に成功したとしても。80kmの速度で地面に叩き付けられる、当たり所が悪ければそれ相当にダメージを受けるのは必死だろう。
「壊れたぞっ!」
「いたぞっ、展望デッキに二人視認。いそげっ!奴らを逃がすな!!」
「あーあー。到着の早いことで」
「もう逃げ場はない。これが最終警告だ、二人共。手を挙げて降伏しなさい」
「そりゃ無理な相談だ。」
『、おい。いけるか?』
『・・・勿論です。一緒にいきましょう』
『いい度胸だ』
「・・・君たち、何をっ?!」
「あばよ」
警官の静止を振り切り、展望デッキから背中を空中に預けて飛び降りる。
お互いに丸まって固まることで、衝撃を逸らして抑える体制を作り、強く抱きかかえあって衝撃に備える。ふわりと空中に浮く刹那の時間。リゼットに恐怖心が無かったと言えば噓になる。本音は怖くて堪らなかったし一人では到底出来なかっただろう。だが。
アルトに抱えられた時。そんな恐怖心は一瞬で消え去り、飛び降りることへの恐怖心は薄れていた。
そして。
「・・・あっぐっ」
「・・・っ」
地面に叩き付けられた衝撃で、二人はその場で意識を失った。
◇
ここは何処だろう。
顔に砂利がかかっている不快感に顔を歪めながら、リゼットは目を覚ます。
服も髪の毛も砂利と雑草だらけで、口の中は血と砂利まみれだ。シンプルに不愉快なので直ぐに上着を脱ぎ払い。近くにあった川で口の中を灌ぐ。どうしてこんな状況になっているのだろう。・・・そうだった。
警官に追われて咄嗟にアルトさんと一緒に電車から飛び降りたのだ。結果として今の姿があるわけだ。確かに頭が少しふらつく。地面とぶつかった時の衝撃でリゼットは軽く脳震盪を起こしているようだった。
そういえば、一緒に飛び降りて近くにいるはずのアルトさんの姿が見えない。
少し探索に行こう。
「―なるほど」
近辺を捜索してみて分かった事をまとめると。どうやら。私たちがいる場所はどこか巨大な森の入り口近辺にいるらしい。人影も見えない無人の中取り残されたとき、どの行動をとるのが正解だったか。
ここで。太陽の位置を確認してみる。太陽は毎朝必ず東から登り、西へと沈んでいくと決まっている。なるほど。森とは逆の方向に沈んでいく太陽を見るに、東に進むためにはこの森の中を突っ切っていかなければならなそうだ。あの沈み具合からして「午後3時24分」あたりと踏んだ。
そして歩いているうちに。
アルトさんの姿を見つけた。彼は川の水で体の汚れを落としているようだった。
「あ、アルトさん」
「・・・目が覚めたか、調子は?」
「軽く頭を撃った程度ですね、直ぐに動けますよ。・・・って。アルトさんその服についた大量の血はもしかして・・・」
「ああ。銃弾を貰っちまった」
川で洗うアルトさんの服と体には大量の血が付着していた。リゼットは慌てて近寄り腕を見るためにため、シャツを脱いでもらって状態を確認すると。右腕に着弾しているようだった、血は血栓で既にふさがっている。弾自体は貫通しており、摘出する必要性はなく細胞の壊死の特に心配はなさそうだ。弾丸の材質によっては体に残っていた場合、中毒や体の異常な免疫反応によって正常な状態の体に対してダメージを与えてしまう危険性があった。
今。むしろ問題があるとすれば。傷口からの感染症のリスクの方だ。血液の流出自体は止まっているが、いまから。私達は森の中を進もうとしているのだ。感染症のリスクを抑える為。
彼の腕の傷口に付着した砂利と血液を川の水で洗い流し、痛みを堪えるアルトさんの
腕にリゼットは服の端をびりびりと引きちぎりって、傷口にきつく縫い付けていく
「少しの間我慢してください」
「・・・あぁ。」
「―多分、これで大丈夫な筈です」
「・・・今日、森を抜けたい。夜になる前に急いでこの森を切り抜けるぞ。来た道を戻ったところですぐ近くに街がある訳じゃない」
「―了解しました。体に異変が発生したら。直ぐに私に言ってくださいね」
「チッ、わかってる。」
森の中を、ひたすら歩き回っている。
鬱蒼と生えわたる木々、辺りは段々と薄暗くなってくる。歩き続けても変わらない景色に平衡感覚が無くなり始め。段々とどこを歩いているのかわからなくなってくる。顔の周りを飛ぶ蚊が鬱陶しい。汗が滝の様に流れ出る。
『“やっぱり、さっきも見た気がします。この景色”』
ザラザラした肌の幹の枝に、赤黄青の3匹の小鳥が止まっている。それ以外にも、一度転びかけた太くて大きな根っこの生えた木が同じ角度、同じ位置で生えていた。
疲れもたまって足がパンパンに膨れ上がっていくのを感じる、段々と、解決の目途が立たない現状に。二人はイライラした感情が募り始めていた。・
「アルトさん。」
「んだよ…」
「私達。もしかして、迷子ってやつですか。」
「・・・るせぇ。余計な事喋んな、黙ってキビキビ歩け」
「・・・はい」
アルトが先導して前を歩く。その後ろを置いて行かれないように無我夢中でひたすらついて行く。背中に背負ったリュックが重たく、喋る気力や体力まで薄れ始めてくる。
喉がカラカラと乾いてきて、体が水分を欲しているのを感じる。鉛の様に重たい。何処かのタイミングで水分を取りたい。さらに、腹の虫がなり始めた。額に滴る滝のような汗に体の信号が限界のサインを出し始めるが。
それでも無視して、出口を求めてリゼットは歩き続けていた。だが。
時間は二人のために止まってくれなどしない。追撃にと雨まで降り始め。
やがては。
「まずいですよ、日が落ちてきます・・・」
「チッ、もう無理だな」
アルトは辺りをキョロキョロと見渡す。数分雨に打たれながら近辺を捜索していると。近くに、いい感じに雨風を避けられ、一晩過ごせそうな洞窟を見つけた。濡れた服を外で絞って。服と背負っていた荷物をこれ以上濡れないように、洞窟の奥のほうへと放り投げる。
「ここで野宿するか。」
「・・・ですね」
ここは負傷しているアルトには洞窟の中にに残ってもらい、リゼットが単独で周辺に飲み物や食べ物を探しにいくべきだろう。雨に体をさらしながら探索を続けようとした。だが
雨でぬかるんだ地面と足場、そしてこの薄暗い森の中だ。
近くの捜索をするので精一杯。食料を探す余裕などほとほと困ったリゼットは。仕方なしに濡れている薪を数本と、寝床に使えそうな大き目な葉っぱを回収して洞窟の中に戻っていく。うわ。更に雨がひどくなってきた。これ以降は洞窟の内部から出ないほうがよさそうだ。
「なんか収穫あったか・・・? 」
「食料は無理でしたが、薪と寝床に使えそうな葉っぱを持ってきました」
「・・・ナイスだ、今夜はここで火を起こすぞ」
「ですが。火を起こそうにも濡れた薪でどうやれば?」
「この際だ。明かしてもいいだろう」
「何をですか・・・?」
「俺の能力は【パイロキネシス】発火人間だよ。それが俺の持つ異能だ」
「え、火を扱えるんですか??」
「あぁ。だが、火力を上げすぎると自身が焼けちまうデメリットはあるがな」
「でも。今まで見たことなかったです。さっきの電車の中でも使ってなかったですし・・・」
『あほ。電車で炎なんか使ったらお前や乗客の人達の事巻き込むだろ。全員火だるまになっちまうわ。それに使ってはいたぞ。自身の傷を「軽く焼いて塞ぐのにな」じゃなきゃ穴の開いた人体の出血がそう易々と収まってたまるか。ったく。血まみれになるし砂利まみれになるし、しまいにゃ、ちっとばかし服は焦げるわで、お気に入りの服が台無しだぜくそったれ。おまえにもギリギリまで秘密にしておきたかったが、しかたねぇ』
「おい、少し離れてろ・・ぐっ、、ぅっ・・・!」
「だ、大丈夫ですか・・・」
火は確かに付いたものの。アルトが顔を歪めてその場にうずくまってしまった。慌てて近づいてみると、顔色を真っ青に染め上げている。リゼットが額に掌を当てれば。高熱がでている。やはり撃たれた状態のまま森を抜けようなんて、無茶な話だったんだ。アルトに詰め寄り、服を無理やり脱がして状態を確認する。腫れ上がって青紫色に変色した傷口を焼いた跡があって、よく見ると傷口の周りに、ごく小さな水膨れが多数できている。本当に体の傷を焼いていたらしい。
しかし彼普通の体温ではない。リゼットの額の温度と比べて図ってみると、恐らく40℃近くの高熱を出している。
雨に濡れた事で体温が奪われ体力が消耗しているのも不味い原因の一つか。
「・・・・・・。」
◇◇◇◇
服の上から傷口へ水をかける。すかさず自分の服の袖を破ると、包帯がわりにして腕に巻いた。マーリンとの授業の内容で、山の中にはすりつぶして塗ることで炎症を抑える役割を持つ薬草があったことを覚えていた。
1つが「ショウエン草」塗ることで炎症を抑える、年中。山道に広い範囲に分布しており探せば普通に見つけられる薬草。もう一つが「イタミン草」崖などの高所に生えており。ショウエン草程幅広く分布はしていないが、これをすりつぶして水に混ぜて飲むと痛みを和らげる効果がある他に高熱を抑える効能を持つと言われている。
「ー少しそこで待っていてください。」
「・・・この雨、の中。てめぇどこに、行くつもりだ」
こんな夜の森だ、あたりは暗くて何も見えない。さらに。帰り道の手がかりが何もない状態で行くのは自殺行為だが。
でも、このままだとアルトさんの左手を放っておくにはあまりにも、あまりにも危険な状態。高熱が下がればいい。だが希望的観測に過ぎない。傷口を焼いた場所だって、確かに出血は止まっているが、火傷が重症化しないとも限らない。もしも更に別の細菌に感染してしまったら?寒気から全身の震え、重度の高熱にうなされ心拍数や呼吸の乱れが重なって
———最悪死に至る。命を救ってくれたアジトの大切なメンバーを命の危機に晒した状態で放置する事など。リゼットには我慢できなかった。アルトが燃やしてくれた焚火に、自身の破いた服で気の先端を多い、簡易的にたいまつを作る。
「・・・大丈夫です、すぐ帰ってきます。」
――
「―暗い。それに地面の泥濘が前よりも増してる。気を付けていかないと・・・」
ショウエン草は午後に歩いているときに、実は何度も目撃していた。
「灰色の綿アメ」のような見た目をした雑草で、木の根っこによく生えているのを見かけていた。だから暗がりでも直ぐに見つけることが出来た。
『あったっ、ショウエン草。後は“イタミン草”を見つけさえすれば』
そう、問題はこっちの薬草だ。
明かりがある時間に歩いていた時ですら、見かけることの少なかったイタミン草。
紫色のワラビのような見た目をした。崖の岩の間や高い位置に分布する山菜。
これが中々見つからない。
「くそっ。何処にも見つからない」
微かに焚火の明かりは遠目にまだ見える。もう少しだけ進んでみよう。それでだめなら最悪ショウエン草だけでも。
その時、踏み締めた地面がバキッ。と嫌な音を立てて折れる音がする。体が宙にふわりと浮く妙な感覚が体中に迸る。咄嗟に何かをつかもうと手を動かすが掴んだのは脆く直ぐに取れてしまう。リゼットは夜の森の崖の下へと
「あっ。」
落ちていく。
◇◇◇◇
―ここは。
『・・・ちゃん・・・?大・・・っ・・・?
お姉ちゃ・・・、大じょうぶ・・・?・・・つ・・い?』
声が響く。頭にジンジンと響き渡る。
体中に鈍い痛みが広がる。意識が徐々に覚醒してきて、声もだんだん、はっきり聞こえ始めてきた。女性の声だろうか。
「お姉ちゃん大丈夫?・・・痛く・・・無い? 」
よく聞いてみるともっと若い、女の子の声のようだ。痛みをどうにか堪えて、私は声を絞り出して尋ねた。
ーあなたは誰なのかと。
「・・・わっ!返事してくれた。 」
『えっと。
びっくりしちゃいました・・・っ!私の事が見えるんですね。今まで来た人間、みんな私の事気づいてくれませんでしたが、あなたは不思議な人です。
でも、いけませんよ?夜の森は暗くて怖いんだぞー、危ないんだぞー。
なんて。
ひさしぶりに人間の方とお話して私は気分がとても良いのです!お姉ちゃんのこと気まぐれで助けてあげます。もう危ないことはしちゃめ!ですよ?
後彼の傷ちゃんと直してあげるんですよ。
それにしても不思議だなぁ・・・。私がこんなに人間の面倒を見てあげるなんて。でも、何か助けたくなるような何かを貴方は秘めているような。
って、そんなこと考えても仕方ないですよねー・・・』
「それじゃあ、さようならです。お姉さん」
◇◇◇◇
不思議な夢を見ていた。
気がつくと、リゼットはアルトのいた洞窟の明かりがすぐそこに見える場所にいた。まるで夢でも見ていたようだ。踏み外して折れた枝の感触、そして高いところから落ちたような浮遊感が鮮明に思い出せた。暫くその場で立ち尽くし、惚けていたリゼットは状況を理解し。とりあえず起きあがろうと腕を使って体を持ち上げようとする。
しかし。
リゼットは痛みに顔を歪めた。腕を思い切りひねった時のような痛みだ。視線を腕に向けると、そこにはぐしゃぐしゃに潰れたイタミン草が手に握りこまれていた。
でも、え。じゃあさっきのあれは・・・本当に?ゼットは転落する前に、思い切り手を伸ばし。確かに何かを握りしめた覚えある。
———もしかすると・・・。
「・・・無事だったか。悪い俺のせいで危険な目に合わせた」
「いえ。でもあれは一体・・・?」
「どうした。様子が変だが何かあったのか?」
「———いいえ。そんなことよりっ、アルトさんの容態を見るのが先です」
「お、おう」
「かなり染みると思いますが、我慢してください。」
ショウエン草を石と岩盤の間で細かく、粘り気が出るまですり潰し、傷口に塗っていく。水を掛け合わせてポーションを作る。
アルトの腕の傷口に、すりつぶして作ったポーションを直接ぶっかけて行く。
痛そうに顔を歪めるが。直す為にはこれが一番手っ取り早い方法だ。アルトには我慢してもらうしか無い。
「傷跡は多分残っちゃいますが・・・。」
「いいって。それよりもだ」
「・・・はい」
「―寒いだろ。一緒にあったまろうぜ」
強めの雨音が引いていく。ようやく雨が止んだみたいだ。良かった、早めに洞窟を見つけられたことは幸運だった。もし外に野ざらしにされた状態であったら。事態は最悪を辿っていたであろうことは想像に難くないだろう。
そして。今寝床として使用しているこの大きな葉っぱ。リゼットが出ている間に、アルトが葉っぱを乾かしていてくれたらしい。地面の冷たい温度を感じなくて寝心地がいい。最高だ。疲れがたまっていたからなのか、火の番もせずに早々と寝入ってしまった事を反省し焚き火の元に向かう火を消さないように。
ただ。火をじ~っと見つめるだけのこの時間は落ち着く。
暫くするともぞもぞと音が聞こえてきた。どうやらアルトさんも起きたらしい。
深夜になって現れた光り輝く星々を二人で、ぼーっと見つめていた。
「熱。大丈夫ですか・・・?」
「・・・あぁ。まだふらつくが。だいぶましになった。お前のおかげだ」
「そう、ですか・・・。良かったです」
「・・・なぁ」
「ん。なんですか?アルトさん」
「―これから喋るのは、俺の独り言だ」
▽
俺は元々貴族出身だった。俗に言う成金のお坊ちゃま。買いたいものは何でも親に頼めば買ってくれたし、勉強とか面倒なことは家政婦に無理やり頼めば。なんだってしてくれた。そんな貴族の俺にも兄弟がいた。一個下の妹だ。偉く慕われていた俺は、そんな妹のことが、かわいくて可愛くて仕方がなかった。
理由もなくクッキーやお菓子をあげ。誕生日には飛び切りのプレゼントを贈ったりと大層甘やかしたものだ。
だが。そんな生活は突如として終わりを迎えた。俺たち一家は、貴族という立場から迫害を受けた。貴族という立場からいきなり追放されたんだ。
当然家を追い出され、金庫の金まで奪われた俺たちは路頭に迷い。どこにも家がなく。子供一人の食べ物も満足に食べられなくなる屈辱を味あわされた。
初めての経験だった。ただ、それだけでは終わらなかった。むしろ、本当の地獄はここからだった。
「奴ら、無抵抗の両親を火炙りにしたんだ」
ただただ。地獄だった。隠れてことの顛末を見ていた、今でも夢で見る。
耳をつんざく両親の悲鳴。焼け焦げた人間の皮膚の匂い。この時だ俺がパイロキネシスに目覚めたのは。皮肉なことだ、火を止めようとあがいた結果、自身が火を操る人間になってしまったのだから。火をつけられても痛みを感じない。両親を縛り付けていた縄を焼き切り、目の前にいた奴らを“全員殺した”。
「生き残ったのは俺だけ、妹は・・・その後、病気で死んだ。」
医者に診てもらえる金も身分もなかったってわけだ。何の身分も持たない俺たちのことなんか、上の連中は見向きもしない。自分たちが得をして肥え太る。好き勝手なこと豚共連中しかなぁリゼット。俺はな、こ体制に虫唾が走ってんだ。上の方で、好き勝手やってるクソ野郎どもをぶん殴らねぇと気が済まねぇ。じゃなきゃ俺の妹はどうして・・・
『—そうだ。
あの時誓ったんだ。妹の分まで、俺は———』
「チッ、余計なことまで喋っちまった。忘れてくれ———
、って寝てるじゃねぇかよ・・・。しゃあねぇ、俺も寝るか・・・」
◇◇◇◇
朝日が昇り始める。
灰色の暗い空に、オレンジ色の光が下からひょっこりと顔を出す。早朝で空気が冷たく、吐く息が白んでいる。
昨晩、焚き火をつけたまま寝て時間が経ったので、焚火の火は冷えて、弱々しい熾火になっていた。全身が冷え切っていて道理で寒いわけだ。
日が昇りきる前に早めに動き出そう。また自然の脅威にさらされたら二人共たまったものじゃない。寝静まっているアルトさんの元に駆け寄り、凍える体を優しく揺する。
「起きてください。アルトさん」
「・・・ん」
「どうですか体調は心配ありませんか?」
「問題ねぇ。まだ熱は多少残ってるがな」
洞窟の奥にしまっていた荷物を肩に担ぎ上げ。寝床に使った火種を完全に消して、洞窟内部から再び森の中へと歩き出そうとしたその時。
「おーい、あんた達!大丈夫かーい!?!」
「あ、あなたは?」
「———この付近に住んでる者だよ。森の中で煙を見かけたもんだから、慌てて様子を見にきたんだ」
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