第4話 ローグタウンで買い物

 リゼットはマーリンとエリーに連れられて、ローグタウンの街の大通りに来ていた。

本当につい最近まで、ここの道端で物乞いをしていたのが噓みたいだ。暗く冷たい夜を過ごさなくていい事にリゼットは感動すら覚えていた。アジトは風にさらされることもなく。ふかふかな毛布があり。朝起きれば暖かい飲み物が飲める。お風呂まで浸かるのは、ちょっと久々過ぎたけど。ベトベトの髪の毛や体がさっぱりしたし、最高だった。そういえば。これはお風呂から出た後の話だが。アジトの面々から聞いた話で


そもそも。


替えの服が無いという状態では。この町では生活がままならない状況らしい。

 町で暮らす上で、仕立ての悪いボロボロの衣服は住民に「奴隷の対象」として見られてしまうらしく。この服装で外に出るのは大変危険な行為だとか。なので今日は早急に、2人に貴族や富裕層が売っている服を専門に取り扱っている古着屋へと案内して向かっている所だ。


「ん。もうすぐ着くよー」

「中古だがゆるしてくれよ。身の安全が優先だ。一先ずそうだな十着程買っていくか。」

「・・・はい。お二人にお任せします」 


 女性の服装にあまり興味はない。元々服装とかには正直詳しくない方だ。女性とのデート等の経験もない、外出は基本的にシャツばかりだった私に。服の良し悪しを聞かれても正直よくわからないのだ。親の買ってきた服装ばかりを着ていたタイプの人間だ。予めマーリンから貴族の古着屋へ行くと聞いていたのだから。もっと目が痛くなる様な派手な色の服装をイメージしていたが。意外と普通の服装で驚いた。

地味目の色で目立たない。

落ち着いた感じの私服が並んでいた。


「よし。私が籠の中に適当にいれていくから。何か欲しい物があれば直ぐに言ってくれ」

「はい」


 外に出られる普段着を数着と、寝る時に着替える寝間着を籠にいれ。

下着はショーツとブラジャーを入れられそうになったので。それを受けてリゼットは慌てて目に付いたドロワーズの下着を大量に抱えこみ。籠にぶち込んだ。下着はまだ。リゼットにはハードルが高すぎたのだ。そして。下着を拒むリゼット様子を少し驚いた表情で見ていたマーリンとエリーだったが。顔を突き合わせてお互いにニヤリと、意地悪な笑みを浮かべ合うと。徐に店員を手招きで呼び出した。


―どうしてだろう。猛烈に嫌な感じがする。



「店長。よければ。この子に似合う服を見繕ってくれないか」

「おっ!いいねー!とってもかわいい奴でよろしくね!」

「んん?あ、あの」


「ついでに、着替えれる場所まで案内してくれると助かるな。案内してしてくれるか?直ぐに着替えさせる」

「ええ、ご案内いたします。どうぞこちらにお越しください」

「・・・わ、私の意思は?」

「無駄だ。あそこにいるエリーを見てみろ」


「よーし!私、リゼちゃんに合いそうな下着選んでくるねー!!店長さんに服は任せたー!」  


「はい。かしこまりました」


「人生諦めも肝心だぞ。リゼット」

「・・・いやです!」

「さてと。私も君に似合いそうな服を選んでくるとするか。そこで大人しくしていたまえ。なあ、店長。ここに展示してある服で本当に全部か?」


「店の裏手になら、豊富に種類がございますが」

「案内してくれ」

「はい。承知いたしました」


「・・・ええ、最悪です。本当に行ってしまいました」


この時。

リゼットが全員の着せ替え人形になるのが確定した。せめて早く終わらせてくれる事を願うばかりであったが。最初に服を持ってきたエリーが。パンパンになる量の服を両腕に抱えてくるのを見て。私は後ろからハンマーで殴られた様によろけて膝から崩れ落ちた。



『これッ。絶対ッ。直ぐに終わらないじゃないですかぁ・・・』




「ふぅ。今日はこんな物で許してやるか」

「おーいリゼちゃん!起きてー。着替え終わったよー!」


「・・・はっ!」


 皆調子に乗って好き勝手に派手なワンピースや、大人っぽいセクシーな服装まで。好き勝手に脱がせては着替えさせてきた。途中からライン越えなバニー衣装まで登場しかけた辺りからは、私の記憶が無い。



最終的にリゼットの白髪に似合いそうな、茶色の長めの落ち着いたスカート。白のシャツ。女性物の下着を数着セットで購入する事で落ち着いた。今日のところは、二人はこれで許してくれるらしいが。初回でこれだ。2回目同じメンバーで行く事になったら。考えるだけで恐ろしい。


「・・・次は、絶対一人で行こう」




三人は、店員に見送られて店を後にした。



『スースーします・・・』


 外に出ると改めて実感する

ズボンと違い、スカートだと肌が空気に触れる感触がダイレクトに伝わる。。

それが異様にくすぐったい。ズボンしか履かなかった私が。こんなあっさりと負けるなんて。・・・やっぱり女の子には勝てなかったよ。男物の服ばかり好んで着こなしていたのは、自分なりに超えない為に守っていた最後の一線だったけど。二人のお陰様であっさり超えてしまった。まぁ。すっきりしたのも事実だ。

元々。着れる服の種類のバリエーションが少なかったのもそうだが。周りから色々小言を言われるのも、正直結構うんざりとしていた。今回はいいきっかけになった。




「さてと、次はどうしようか」

「歴史とか語学の本を買うんじゃなかったっけ?」

「あぁ。そうだったな」


そうは言っても、二人に付いてける気力が残っていない。久しぶりに誰かと隣に立って歩いた事の負担と、着せ替え人形がかなり心身に響いているらしい。可能であれば。ここで少し休ませてもらいたい。



「すみません。私、少し座って休んでもいいですか・・・?」

「ん?あぁ。いいぞ」

「あれ。疲れちゃった?」

「・・・そうみたいで。申し訳ないです」


「―いや。そうだな。お前にお金渡して置くからこの辺好きに見てこい。袋に5000G入れておくから、落とさないように」

「・・・。ありがとうございます」


「またこの場所で落ち会おう。エリー、私達は本屋に向かうぞ。」

「おけおっけー。リゼちゃんまた後でね!」


「は、はい」



 ―よかった、一人になれた。

 マーリンが私に気を使ってくれたみたいだ。

お言葉に甘えて、ゆっくり休ませてもらおう。

そういえば。この町に来てから。私自身食べ物や寝床の事しか頭の中になくて余裕が無かったが。この街で売ってる物とか、街並みをゆっくり見た事なかったっけ。

少しだけ、街の中を見て回てみようかな。遠出しすぎず、近場の気になったお店をぶらりと気の行くままに。






◇◇◇◇


 古びた扉を開くとそれなりに広い空間の中に。棚や壁に掛けられた幾つもの剣や槍、弓。鎧や盾、兜といった防具類が正面からズラリと並ぶ。中央のテーブルには

「モーニングスター」や「斧」等の武器達が置かれ、それ以外の並製品の有り合わせは。店の端っこにまとめて置かれていた。金属の武具を作業台に置き、カウンターの奥で砥石で武具の手入れをしている逞しい顎髭を蓄えた男性。その方がリゼットの存在に気がつくと不愛想な様子で迎え入れてくれ


「・・・らっしゃい」


そう。リゼットは鍛冶屋を訪れていた。



武器と防具が併設して並ぶ光景に。 

リゼットに微かに残っていた男心がくすぐられ、目が輝く。試しに壁に飾られた作品の中から一つ手に持ってみる。重くずっしりとした刃先が輝く黒い刀身。感触が伝わってくる。


「・・・アイアンソード。1500 Gだ」

「・・・。」

「・・・。」


―もしかすると。このお店の店主は私が手に取った作品の値段をわざわざ口頭で教えてくれているのだろうか。そんなまさか。リゼットは試しに別の壁にかけてある短剣を手に取って頭上へと掲げる。しなやかさがあり、しっとりと重厚感のある質感がリゼットの手に良く馴染む。そして。

リゼットは店長の方をまじまじと見つめた。


「・・・ダガー。1000 Gだ」


「了解しました」


どうやらそういう形式らしい。壊さないように短剣を元の位置に戻し、再び別の棚の商品を眺めていく。ずらっと数ある武具を遠巻きに眺めていると。棚の奥の方にひっそりと並べられた。ある一つの武器にリゼットの目が止まる。

謎の魅力に惹き込まれ。目が釘付けになって離れない。

気づけばその場から動けなくなっていた。

 

「・・・そいつは辞めとけ。嬢ちゃん」

「・・・。」


『それは偶々ここに流れてきた時に買い取った代物だ。洞窟の深層で採れる「翠の魔石」を用いて造られた。『翠の結晶剣』と言われる武器の【レプリカ】がこいつだ。これは旅で命を守ってくれるような、使い物になる代物じゃねぇ。「翠の結晶剣は」剣のガードの中心部分に緑色の石が埋め込まれている代物で。属性を纏って風を纏うのが本来の翠の結晶剣の性能の筈が。こいつに至っては。剣に属性を纏うのは愚か、少量の風を起こせるだけで扇風機にしか使えねぇ。戦闘に使えん単なる飾り物の“おもちゃ”だ。やめとけやめとけ。嬢ちゃんに合いそうな武具を俺が見繕ってやる・・・だから。』


「―あの、これ、売ってもらえませんか?」

「忠告はしたぞ。そいつは3500 G。鞘と合わせて4000 Gだ」


「買います」



・・・毎度あり。


◇◇◇◇


どうして買ってしまったのか分からないが。私はこの剣に潜む何かに魅せられた様に、店主の忠告も聞かずに衝動的に買いに走ってしまった。リゼット一生の不覚である。マーリンさんになんと説明するべきか。2人が本屋から帰ってくる間に考えておかないと。正直に。

この剣に一目惚れしましたと言うべきだろうか。下手に言い訳を述べると、マーリンに𠮟られそうだ。待ち合わせの場所で買ったばかりの剣を両腕に抱え。

リゼットが落ち着かない表情を浮かべていると。



「リゼちゃーん!!」

「買ってきたぞ。これだけあれば十分だろう」

「あ、おかえりなさい」

「中々いい本が見つからなくてな。時間がかかってしまった。ところで。

リゼット、その胸に抱えているのは何だ?」


「・・・すみません。衝動的に買ってしまって」

「ふむ。剣に興味があるのか?」

「・・・はい」


「いや、別に怒っている訳ではないから安心してくれ。リゼット。私にそいつを貸してくれないか」

「はい、どうぞ」


「・・・ふむ『翠の結晶剣』か」


「あの、これ。使ってもいいですか・・・?」

「―いや。ダメだ。しばらくの間預からせてもらうぞ」

「・・・えっ」

「あたりまえだろう。剣を振ったことのない人間に扱わせていい代物ではない。間違えて足を切り落としましたなんてシャレにならん」


「そ、そんな・・・」


「精々修行に励むこと。確か屋敷の何処かに木刀があった筈だ。剣術を磨きたいのであれば先ずはそこから初めたらどうだ?」

「あの、マーリンさん。教えてもらえませんか。」

「剣術をか?」


「・・・そうです」

 

「勉強を疎かにすることはできん。まずは勉強をきちんと納めてそれが終わってからだ」


「・・・ありがとうございます」


「―話は終わりか?ならアジトに帰るぞ」

「ねねそういえばさマーリン。今日の晩御飯は何作るの?」

「・・・いや。まだ何も考えてないが」


「なら、今日はオムレツで決定!やったねリゼちゃん!オムレツだよ!」


「ふぅ。仕方ない。ついでに買い出しによっていくとするか。すまないがリゼットもう少しだけ付き合ってくれるか」



「・・・は、はい」

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