第3話 Hyde Out Rest

 

男は街灯の灯っていて比較的に人通りのある景色から離れた暗い路地裏へと入っていく。狭く、息苦しささえ感じられる通路の中を。右へ、左へと路地裏を進んでいく。錆びて今にも崩れ落ちそうな階段を駆け降り、元の道から遠ざかってく。一体、何処に向かっているのか。リゼットは不安になってたまらず声をかけてみるが、フードの男はこちらに振り返る事なく、ひたすらに無言で路地を突き進んでいった。

 

「・・・今からでもまだ」


何処か変なところに連れて行かれて、奴隷として売り捌かれるのが関の山か。

誰かの奴隷として生涯を終えるくらいなら。

・・・どうする?今なら、後ろから気絶させることも可能だろう、そうしたら逃げられるかもしれない。

  

やってみるか?


顎に手を当て、ぶつぶつと物騒な考えに物思いにふけっていると。

先頭を歩いていて先導していたフードの男が、歩いていた足を止めて立ち止まった。リゼットはそのまま、勢いよく男の背中に自分の頭をゴツンッ・・・ッ!とぶつける。


「———いっっつう」


「・・・。着いたぞ」

 

鬱陶しげな様子でこちらに振り返り、被っていたフードを脱ぎ素顔を見せた。

姿を現したのは強面の表情をした男。頬に十字の傷をぶら下げたのが特徴的で髪型は茶髪。見た目はオオカミのような印象を抱かせる。


「そういえば、自己紹介するのをすっかり忘れていた。

 俺は、グリム。『グリム・ダッドリー』

 

———そして。

ようこそ、ここが俺達の隠れ家へ。そう言いながらグリムがその体を横にどけた。すると前方から、ぶわぁーと光が差し込んでくる。リゼットの目の前にグリムの体で隠されていて見えなかったその全容が明らかとなる。

 

「・・・わぁっ」


目の前に広がる光景。それは中世ヨーロッパ時代に足を踏み入れてしまったかのような、そう思わず錯覚してしまうほどの光景がリゼットの目の前に広がっていた。

 ダークウッドと、白色のレンガでできた落ち着いた雰囲気の壁。窓から漏れ出る、淡くも暖かな光。アンティークで大人っぽい雰囲気を醸し出す。入り口扉の上にはデカデカとした看板に、山羊のマークのロゴとともに

太い文字で名前が記してあった。

 

「———Hyde Out Rest.」

 


「・・・ここは。『酒場 :ハイドアウト・レスト』

俺たちの秘密の隠れ家だ———」


グリムは酒場へ向かい歩きだし、アンティーク調の木の扉をギィ・・・。と開けて、光の差し込む扉の奥へと消えていく。少し遅れて、様子を伺っていたリゼットもグリムの後に続いた。

酒場の中に入ると、リゼットはその内装をみて再び驚かされる。広い空間。一定の間隔で置かれているウォールランプが、明るく優しい色で部屋全体を照らしている。

立てかけられた盾や剣、タペストリーなんかが酒場の雰囲気をより一層おしゃれにしていた。木製のテーブルと、空の酒樽でできた椅子にカウンター席。チェスやダーツボードなどの遊び道具もふんだに取り揃えてられていて、内装を手がけた人の遊びこごろが伺える。リゼットがキョロキョロと興味深々で酒場全体を眺めていると、


中央のテーブル席に座って楽しげに話していた人達が、こちらに気付き、気さくな雰囲気で話しかけてきた。


「おかえり〜!グリムン!!ってあれ?隣の子は?」


「そこで拾ってきた」

「———またか。いいかげんに変な奴拾ってくんの辞めろっていってんだろ」


「俺の勝手だろ」


「こいつは、一回わからせた方がよさそうだな。・・・表出ろや」


 


「もー、また始まったよー」



呆れた表情を浮かべるピンク髪の女の子。その娘と不意に目と目が合うと椅子から勢いよく立ち上がる。ピンク色の髪の毛をした、如何にも元気で活発そうな女の子。リゼットと同い年ぐらいだろうか。その子は、ニコニコと嬉しそうに駆け寄ってきて、話しかけてきた。いや、あの、顔が近いです。あれだ。構わずぐいぐいくるタイプの人だ。


「ねぇねぇ。名前、なんて言うの?」

「・・・リゼット。リゼット・リシュエルです」

 

 「私、『エリー・ジェニファー!』

 実は、ジェニファーって名前、長くてあまり好きじゃないんだよね〜…。『エリー』って呼んでもらえると嬉しいなぁ!

リゼちゃん!これからよろしくねーっ!」


 「・・・は、はい。」

 

 エリーの勢いに圧倒され、思わず後ろに数歩ほど後退する。かつて、前世で自分みたいに一人で孤立している人にも、関係なく話しかけてくる、そんな誰とでも仲良くなれるコミュ力を持つ。もの凄い人がいた。何故だろう。その人と同じ空気を感じる。

 そんなくだらない感想をエリーに対して抱いていると。

バーのカウンター奥の扉がギィっと音を立てて開く。そこから薄紫色のロングヘアーをした大人びた女性が、こちらに顔を覗かせた。

 

「———なんだか。いつもより騒がしいな」


「あっ、ちょうど良かった〜。今、カウンターの奥から出てきた人!あちらが、うちのバーテンダーの『マーリン・ヴェストリア』さん。

「ねぇ、マーリンさん、マーリンさんッ!団長がね、新人の女の子を連れてきたんだよ〜!名前はリゼットちゃんって言うんだって!可愛い女の子が増えたよ、やったー!」

 

 

「あの、ご紹介にあずかりました、リゼットです」


「あぁ、よろしく頼む。リゼットでいいか?」

「・・・はい」

 

「ふむ。リゼットとやら。随分と痩せている。・・・そうだな。何か飲み物と食べ物を用意してくるとしようか」

 「いえ、そんな。」


「———ホットミルクでいいか?それと、軽いトーストを焼いてくるとしよう」

 

「・・・ありがとうございます」


 

結局マーリンの厚意に甘えることにしたリゼット。

カウンターでコーヒーを注ぐ姿やトースターでパンを焼く姿を眺めて待つこと暫くの間。暫くのまともな食事にありついていなかったリゼットは、その瞬間を今か今かと待ち望んでいた。やがてパンが焼き上がり、ミルクが沸騰し終わると。カウンターのテーブルに料理を置いた。


「———出来立てをどうぞ」


淹れたてのホットミルクを一口。冷え切った体に隅々まで染み渡っていく。

そのまま、トーストにバターを塗って、かぶりつく。外はサクサクとしていて、中はモチモチのふんわりとした食感。久しぶりのお腹の中を満たしていく感覚に浸りながら。

リゼットは幸せなため息を一つこぼした。


「ほぅ。すごく美味しい・・・」



 

「———それで。あっちで団長と話してる、レッドブラウンの髪型をした・・・そう。キリッとした瞳が特徴的な子。ちょっとトゲのある性格をしている彼が「アルト・アンブロット」君です」



団長さんとの会話で話がすれ違ったのか、イライラした様子で飲んでいたグラスを机に叩きつけて立ち上がると


 「分かった。勝手にやってろッ!いっとくが俺は絶対面倒見ねぇからな!!」


「・・・。後でちゃんと挨拶しとけよ」



「ヘイヘイわーりました!!んじゃ俺。仕事言ってきまーす」



 アルトが私を見て少し眉を潜めた様子だったが。横をすれ違った時。私の事をチラッと様子を見たようだったが。直ぐに興味を無くし。視線を外して

彼は酒場の扉を音を立てて開け、アジトから出て行ってしまった。

 

「あっ!もう、アルトっ!あちゃー、これだからあやつは、ごめんよ〜、リゼちゃん。」

「い、いえ」

「私がちゃんといっとくから!ホントにごめんねー」

「いえ。また、機会はあると思いますから・・・。それよりもこの場所は———」




「俺が説明してやろう」


 

この場所は街の隠れた酒場として経営している。街の住人や外からくる客たちに酒を振る舞い、稀にイベントとして。酒場のビールを掛けてダーツ大会や大食いチャレンジ等の娯楽大会も行っている。街の奴ら以外にも。酒好きの酔っ払いや吟遊詩人、商人等々。酒場にやってくる客は十人十色。ここで仲間を募集したりしてパーティーを組む奴もいる。

———だが、これはあくまで表向きの話だ。

この店の裏側。酒場に人を集めさまざまな情報収集する事が本来の目的。そして、依頼が来ればどんな仕事でも引き受ける何でも屋。それがこの店の本当の姿。

リゼット。ここにいれば。いずれ手に入るかもしれんな。

———お前が欲してる情報が


「・・・ッ!」

「落ち着け。今は無理だって言っただろう」

 

ここに居れば、最新の情報網が滝の様に流れてくる。

今のお前にとって、最高の環境下だと思うが、

どうだ、少しは働く気になったか?

 

「・・・やります。やらせてください」


「———いいだろう。ただし。そのボロくて汚い格好をなんとかしてくれ。おい、エリー。こいつを風呂にぶち込んでこい」


「は〜い!」


「マーリン。あとは任せる」

「あぁ、後はこっちでやっておこう」

「あぁ、頼んだぞ」


「ほら、服ッ!服脱いで!リゼちゃんッ!」


「あの、ちょっ、辞めてください・・・っ」


「もーっ!抵抗しないのッ!それーーーっ!」

 



 その日。

ローグタウンの町中に、ひときわ大きな絶叫が轟いたとか。










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