第2話 旅立ちの日


その場にどれくらい座り込んでいただろうか。

 



 目の前の起きている現実を理解することができず、呆然としていた。

だが。どんな精神状態でも体の本能は正直だ。

リゼットのお腹から。・・・ぐぅーっ。腹の虫が鳴る。その音でリゼットは意識が戻り。そして思考が加速し出す。何故だ。何故自分だけ生きてしまったんだ。。どうして両親は自分を置いて先に行ってしまったのだ。



どうせなら自分も一緒に。


 一体私が何をしたって言うんだ。ただ、普通に日常を過ごしていただけで。悪い事なんて何もしてない。それをこんな唐突に無条理に奪う権利が一体誰にあるっていうんだ。ひどいよ。


「・・・そうだ。せめて、私が弔ってあげないと」

 

 リゼットは小さい体で、両親二人を担ぎ上げる。引きずるように背負い、部屋の窓を開け、外の庭へと二人を運び移動した。

玄関近くにあった花壇。母が好きでいつも育てていたその花々は、儚くも枯れ朽ちてしまっている。 


 リゼットは庭のあたりを見渡し、丁度いい広さの空間がある場所を見つけると、花壇近くに置いてあったスコップを手に取り、人を入れられる深さまで穴を掘った。そして二人を埋めて丁寧に埋葬した。

 手向けられるような花は朽ち果てて残っていなかったが、幸いにもその花の下に小さな種が残っていたので。適当にいろんな花からその種を拝借して、植えておくことにした。今は、これぐらいしかできないけど、何も無いよりはマシだと思う。


お父さん、お母さん。

今まで、育ててくれて。ありがとうっ。

僕は。


ううん。

「———私、頑張るね」


 まだ私が生きる理由も、目的も見つかってはいない。ただ、両親が救ってくれたこの命だ。何もせずに、生を終える事だけは。それだけはしたくなかった。


「・・・それじゃあ、行ってきます」


◇◇◇◇

 

 家に残っていても食料は残っていない。ここにいてもいずれ餓死してしまうだけだ、リゼットはそう判断し。何処かに人の住んでいる場所がないか、外を歩いて探す事にした。整備されていない砂利道を真っ直ぐ進んでいくと、自分の家からは見えなかった、町のようなシルエットが遠くの方に見えてくる。


「やった・・・っ」

 

 街に向かって徐々に近づいていくと、その全容が見えてきた。みたところ中世の雰囲気。建物が材木でできており、街全体には明かりがついておらず暗くジメジメとしている。ここは、普通の街のじゃない。危険な匂いを感じ取りながらも。リゼットは思わず口の中に溜まっていた唾を飲み込み、意を決した様子で足を前へと踏み出していった。



「・・・行ってみよう」

 

街の前には、槍を持った門番の人が座り込んでいた。恐る恐る近づいて見るが、特に反応がない。どうやら門番の人はぐうぐうとイビキをかいてぐっすりと寝ているようだ。リゼットは、誰に特に呼び止められるわけでもなく、すんなりと街に入る事が出来た。

入った先には、2本のでかい木でできたアーチ看板があり、そこに街の名前がデカデカと書き記してあった。

 

『ローグタウン』

それがこの街の名前だ。

 

リゼットは入って早々に、街に来た目的であった食べ物のお店に向かうことにした。

———してみたのだが。


「帰れガキがっ!金がねぇ奴に出すもんなんざ何もありゃしねぇ・・・っ!!失せろ!」


リゼットが何処に行っても。相手にしてもらえない。みんなお金が必要だって言う。家にあったお金になりそうな物は、食料と共に強奪されているし。私は今何も持ち合わせていない。

リゼットはお店から食べ物を買う事を諦め。人通りの比較的多そうな道端に座り込んだ。通りかかっていく人達に座り込んだまま声をかける。今度はその街の人達から、食べ物をねだることにした。


 

「・・・おねがいします、なんでもいいので。食べ物を恵んでください・・・」

 

だが、通りかかる人全てこちらに見向きもせずに通り過ぎていく。ちらっと目線を向けてくる人もいるが、こちらに興味なさげな様子で歩き去ってしまう。

 誰も助けてくれない状況にリゼットは心が折れかけていた。それでも諦めずに声をかけ続けた。

そのまま数刻と時が経つ。

すると。やがて遠くから、一人のおじさんがこちらに近づいてきた。歩きながら食べていた、食べかけのパンの切り端をちぎって投げ渡してくる。


「あ、ありがとうございますっ」

 

その人は、私に何の声をかけることもなく歩き去っていった。

 

「・・・はむっ・・・っ。おいしい」


◇◇◇◇

 

 リゼットが、一日中声をかけ続けて得られた成果はパン一欠片のみ。何かもっと別のいい方法を探さないと。その場からゆっくりと立ち上がり、リゼットはあてもなくふらふらと歩き出した。


そうして街の中をふらふらと歩いてると、気がつけば最初にこの街に来た時に見かけた。香ばしい香りが煙に乗って。私の鼻腔のそばへと漂って来た。その匂いに釣られて、リゼットは屋台の近くまで来た。空腹が限界に達した瞬間だった。

 

(美味しそう・・・。いい匂い・・・)

 


 そこでリゼットはあることに気がつく。匂いに釣られてちゃんとよく見えていなかったが、そこに突っ立っていた屋台の店主さんが居ない事に気がついた。目の前にぶら下げられた食べ物に目が釘付け。そこでリゼットの心が揺れ動く。


 

(今なら店の人居ないし、こっそり盗んで食べてしまおうか。いやだめだ、窃盗は犯罪だし。でも、このままいったら餓死するし・・・)



リゼットは心の内で葛藤を繰り返していたが。遂に我慢できなくなり、店の商品に手を伸ばし掴んだ物を口の中に放り込んだ。一度やってしまうと、もう歯止めが効くことはできず。腹を飢えたお腹を満たす為にリゼットの手が次々と店の食べ物へと伸びていく。

無我夢中で食べ続けていたので、リゼットが目の前に現れた

大きめの影に気づくこともなく———


「おい・・・」

「・・・げほっ」

 

突如目の前に現れた店の人に思い切り、お腹を殴られる。鈍い音がして、ジクジクとした痛みが響きわたる、たまらず地面へと崩れ落ち、倒れ伏した。

倒れ伏した私を、足で踏みつけ、なんのお構いなく蹴りを何発も、何発も入れてくる。


「ガキが、この店に二度と近寄るなっ!」

 

持ち上げられて、裏路地へと投げ捨てられた。与えられた痛みで動けない。ボロ雑巾とかした体、意識が飛びそうだ。

痛い。心と体のどっちも痛い。辛いよ。誰か、誰でもいいから助けて。ただ抱きしめて欲しい。温もりが欲しい。

なんで、なんで私こんな目にあってるんだろう。誰にも救われることなく、この場所で冷たく一人息絶えていくのだろうか。



「———嫌だ。このまま、このまま死んでたまるか・・・っ」





 ◇◇◇◇





 

———あれから、3日が経とうとしていた。

リゼットはかろうじてではあるが、なんとか生きながらえていた。

 

人の隙を見てはゴミ箱を漁り、捨てられた残飯を食らって食料を集めて息を繋ぐ。水分は雨水を啜って喉の渇きを潤す。

そんな生活を過ごしていたこの頃。たが、もう体力があまり残っておらず。疲れ果てた様子で。リゼットは道の端っこで顔を疼くめて座り込んでいた。


———この日、リゼットの人生に分岐点が訪れる。



 

リゼットが座り込んでいると。遠くから黒いマフラーを被った怪しげな男がこちらに近づいて来て声をかけてきた。

 

「満身創痍な状態だな。だが、目が死んでいない。もがき。必死に生にしがみつこうとする。強くいい目だ。

———お前、うちのところに来い。俺が面倒を見てやる」


急になんだろう。この人。

 そんな言葉に釣られて、ノコノコとついていくわけない。どうせ、私のことなんか都合いいように扱った後、すぐ捨てられるに決まってる。

 

「そうか。では一人でこのまま生きていくといい。一人。ここで朽ち果て。絶望しながら孤独に死にゆくのもまた定めというもの。

 だが、本当にそれでいいのか?お前の瞳の奥から、生きたいという渇望・欲求が強く感じられる。死にかけの小僧が何故生きる事を望む?」


 そんなの。ただ。生かしてもらったこの命を誰にも知られることもなく、ひっそりと亡くすなんてそんなの絶対嫌だ・・・っ。この人の言う通りかもしれない。私にとってこれは多分、最後のチャンス。確かに、罠かもしれない。でも、もう私には飛び込んでみるしか道がない。リゼットは表情をきつく固め、意を決した様子で返事を口にした。


「私は、両親が死んだあの日。あの時何が起こったのか。その真相が知りたいんです」


 そう返事を返すと。ピリピリと張りつめていた周囲の空気感が突如ふっ。と軽なる。

フードで顔隠れていて、表情を見ることができなかったが。雰囲気がどことなく柔らかくなり相手が笑みを浮かべているような、そんな気がした。


 

「———いいだろう。案内してやる。ついてこい。」











 

 

 



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