第2話

「よし、明日の予習と今日の復習は終わった。これで明日も大丈夫だな」



 予習復習を終えて椅子の背もたれに体重を預ける。カチカチという時計の音を聴きながら俺は周りを見回す。スチールの棚の上にはヒーロー番組の悪役やアニメの敵達のフィギュアが飾られていて、その誰もが俺には輝いて見えた。



「やっぱりいいなあ、悪役は。自分の美学や信念に則ってその悪の限りを尽くし、人々の悲鳴をBGMにしながら自分達の歩みを進める。はあ……やっぱり憧れるなあ」



 俺の部屋にいる悪役達を見ながら俺は微笑む。小さい時からそうだった。周りがヒーローやヒロインといった正義陣営の登場人物達が好きになる中、俺は悪役達を好きになった。悪のカリスマと呼ばれるような冷酷無慈悲だけど部下には慕われたりヒーロー達に倒されながらも散り際までカッコいいそんな悪役達に憧れるようになっていた。



「けど、世間からすれば悪役はやっぱり排斥されるもの。それはわかっているから、普段はこういう気持ちを抑えているし、成績もよくて品行もいい人間を演じてはいる。でも、やっぱり抑えきれなかったんだよな」



 そんな時だった。自分の仮の姿を用意して、その姿でこの悪役への想いを形にしていくことを思い付いたのは。普段の自分とは全く違う髪型や顔、口調でいれば一発で気づかれることはない。そう思って、俺は悪野悠太という存在を設定から作り上げ、時々悪野になって小さないたずらをする事で悪役になろうとした。


 憧れた悪役達の悪事に比べれば大したことはないし、子供っぽい考えだとはわかっていた。けれど、普段の自分とは違った握野で悪事を働く事で謎の人物を演出出来ている上にその正体を誰も知らないのに俺だけは知っているというこの特別感がたまらなくなり、俺は度々握野になっては犯罪にならない程度の悪事を働き続けた。



「正直、先生達はこれまでも気づいててあえて目を瞑ってくれてたんだろうけどな。校則とか世間一般のルールは破らない程度にはやっていたわけだし。そうじゃなきゃ問題視はされてるからな。獅童先生は流石に仕事だから取り締まりには来るけど」



 正直、獅童先生には申し訳ないと思うが、そういうのもまた悪役らしいと思ってしまう。そうして小さな悪事を楽しみながら生きていたそんな時だったのだ。あの広井が出てきたのは。



「突然だったんだよな、広井が出てきたのは」



 それはサッカー部のエースとして人気がある江角をターゲットにして悪事を働いていた時だった。その日、俺は江角の下駄箱に偽のラブレターを入れようと企んでいたのだが、その直前で広井が突然姿を見せ、日曜の朝に見るようなヒーローっぽい名乗りを披露してきたのだ。



「桃色ヒロイン、広井桃花だったか。まんまの名乗りではあるけど、それ聞いて俺も少しだけ名乗りが欲しくはなったんだよな。悪役側が名乗りを上げる場面もわりとあるし」



 因みに、考えたのは雄大なる悪の帝王だったりする。我ながら子供っぽいとは思うけど、言っている時は何だかんだで楽しいので俺はいつか披露したいと思っている。



「それからだったよな。俺が現れるところには必ずしも広井が現れて、危ない真似をするからそれを俺が注意していたら獅童先生が出てきて、一緒に逃げるみたいな展開になったのは」



 獅童先生が俺の悪事の現場に現れるのはよくあることだ。というのも、獅童先生には予めどのような悪事を働くつもりかをプリントにしてこっそり出しているから。それを元に獅童先生が来れるようにしているが獅童先生が予め待ち構えていた事はなく、しっかりと悪事をしてから出てくるのでそれを普段から感謝はしている。



「ただ、広井の件は獅童先生もわからない事だろうし、そこは俺も注意しないと。あと、今日みたいに広瀬とぶつかりかける事やちょっと辛そうにしてたりする事もあるし、広井の件に広瀬が巻き込まれないようにだけしておこう」



 広瀬萌香はクラスメートで不思議な事に広井が現れたところの近くには必ずといってもいい程に現れている。そのため、存在感の薄さも相まってよくぶつかりそうにはなるし、話す機会もわりと多い。クラスメート、特にも男達は広瀬の事を人気の女子としては扱っていないが、俺は広井より広瀬の方が好きだ。一緒にいるとどこか落ち着くのだ。



「さて、勉強も終わったからそろそろ寝るかな」



 軽く体を伸ばしてから立ち上がろうとしたその時、机の上に置いていた携帯電話が震えた。見ると、広瀬の名前が表示されていて、そういえばいつもの時間かと思って少し嬉しくなる。そして携帯電話を手に取った後、俺は通話開始のボタンを押した。



「もしもし」

『も、もしもし……いま、明日の予習と今日の復習が終わったから、そろそろかけたいなと思って……』

「俺もついさっき終わったところだよ。今日の歴史の件なんだけどさ」

『あ、それだね。私も少し気になったところがあって』



 俺達は今日の授業についての話を始める。俺達はいつもこうしてその日の授業や翌日にやるであろう単元の話、そして授業が無い日にはその日にやっていた事などを話していた。


 これを提案してきたのは広瀬だった。ある日突然広瀬が俺の席まで来たかと思うと、連絡先の交換と日々の通話を提案してきて、返事は後でもいいからと言って連絡先が書かれたメモを渡してその日は去っていってしまった。


 本当に突然の事だったし、女子の連絡先をゲット出来たり付き合ってる男女のように毎日電話をしたりしてもいいのかと少し思ったけれど、嬉しい気持ちはたしかにあった。


 だから後で俺は自分の連絡先を渡しながら電話の件を了承し、夜の九時には電話をするようになったのだった。



「そういえば、今日ぶつかった時はほんとにごめんな。怪我とかしてないか?」

『うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとうね』

「ぶつかったのは俺だしな。にしても、握野と広井がまた出てきたみたいだけど、度々ターゲットにされてる江角もいい迷惑だよな」

『あ、今日も江角君がターゲットにされてたんだ』

「そうみたいだ。バケツに水を汲んでそれをかけていたみたいだ」



 それを聞いた広瀬が「そうなんだ」と言う。因みに、あれは正確には江角だけがターゲットというわけじゃない。江角が珍しく女子と歩いていたから二人とも水浸しにした場合の二人の反応が気になると思ったので二人にかかるようにして調整をしたのだが、度々ターゲットにしてきたからか江角もそれを察知して自分だけがかかるようにしてしまったので江角だけが水浸しになってしまったのだ。


 因みに、江角をターゲットにする事が多いのは、ヒーロー番組でも目立つキャラが悪役側が引き起こす出来事に巻き込まれやすいからちょうどよく、そして実は俺が握野である事を知っていて、何だかんだでノッてくれているからだ。江角には改めて感謝をしないといけない。



「それにしても、握野は中々厄介な奴だよな。どこから現れるのかわからないし、すぐに逃げ去ってしまうから先生達も足取りを掴めてないみたいなんだよ」

『そうなんだね。でも、私は握野君みたいな人がいてもいいのかなとは思うよ?』

「え?」

『何もない毎日よりは握野君みたいな人がいてくれた方が刺激的で楽しいと思うし、何だかんだで本当に悪い人じゃないのかなと思うんだ』

「広瀬……」

『ほんとのところはどうなのかわからないけどね。あ、そうだ! 明日の数学の事なんだけど』



 広瀬との会話を楽しみながら俺はさっきの広瀬の言葉について考える。周りからすれば握野は厄介な存在なんだろう。けれど、広瀬はいてくれた方がいいと言ってくれた。それが何となく嬉しくなっていた。



「いつか、広瀬にも正体を明かしてもいいのかもな」



 その時の広瀬の驚く顔を想像しながら俺達の夜は静かに更けていった。

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悪役ムーブを楽しんでいるだけなのにヒーロー気取りの女子が絡んでくるから助けて欲しい 九戸政景 @2012712

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