悪役ムーブを楽しんでいるだけなのにヒーロー気取りの女子が絡んでくるから助けて欲しい

九戸政景

第1話

「はははっ! 哀れだな、江角!」



 俺は目の前にいる茶髪の男子生徒、江角おさむを見ながら言う。江角は俺が手に持っているバケツからぶちまけられた水を被ってズブ濡れであり、それを心配する女子生徒を守るようにして立っていた。



「水も滴るいい男ってか!? まさか慣用句を体現してくれるとは思ってなかったぜ!」

「く……握野、何故だ。何故そんなことを平気で出来る!」

「そんなの決まってるだろ。それは――」

「お前が悪党だからだ!そうだろう、握野!」

「え?」



 突然の声に驚きながら俺は上を見上げる。すると、そこには窓枠に足を掛けながら俺達を見下ろしている短髪の黒髪の元気そうな雰囲気の女子生徒がおり、角度の問題でスカートの下にある白いパンツが丸見えだった。



「とう!」



 そしてその女子生徒は窓から飛び降りた・・・・・



「危ない!」

「きゃあーっ!?」



 江角とそばにいる女子生徒が声を上げる。けれど、飛び降りてきた女子生徒は一切焦った様子を見せず、近くの植え込みに着地する事で衝撃を抑え、そのままの勢いで俺に突進してきた。



「ぐっ!?」



 突然のタックルに俺は受け身を取れずに転がる。そして痛さを感じながら目を開けると、そこには俺を見下ろしながら笑みを浮かべるそいつがいた。



「今日も悪事を働いているのか、握野! この学校のヒーローである私がお前という悪を打ち滅ぼしてやるぞ!」

「ひ、広井……またお前か。いい加減にしろ、あんな高さから飛び降りたら危ないだろ!」

「ヒーローならば高所から飛び降り、華麗に着地するのは当然だ! 見ろ、怪我一つしていないだろう?」



 広井桃花はスカートをまくりながら足を見せてくる。たしかに日焼けをしていない白く細い足には傷一つついていない。というか、それよりもこうして平気でスカートをまくって見せたり突然タックルしてきたりする時点で色々危ないのだ。広井自身も俺の理性も。



「他人にそうやって平気で見せてくるな! お前の危機管理はどうなってるんだ!」

「他人ではないだろ」

「え?」



 広井の顔はいつの間にか真剣な物に変わっている。正直腐れ縁みたいな物ではあるが、広井からすれば俺は特別な存在なのか。そう思って少し嬉しくなっていた俺の前で広井は二ッと笑う。



「握野は私の宿敵だからな!」

「…………」

「どうだ、嬉しいだろ?」



 広井はどうだと言わんばかりの、いや実際に言っているのでどうだという顔で言ってくるが正しい。いや、そんな事はどうでもいい。コイツにはちょっと言ってやらないといけないようだ。



「俺の純情を返せ、このヒーローオタク! 人の純情を弄ぶお前の方がたいがい悪人だろ!」

「なっ、私はそんな事はしていないぞ! そのバケツで罪もない人に水をかけたお前の方が悪人だ!」

「ふん、悪人で結構だ。俺は俺のやりたい事をやったまでだからな!」

「くっ、名前だけではなくその心までもが悪に染まっているのか! ならば、お玉で掬ってやらねば!」

「そっちのアクじゃない!」



 思わずツッコんでしまった。いけないいけない、コイツのペースに乗せられてはいけない。このままではカッコイイ悪役のイメージからおとぼけ三人衆のイメージになってしまう。



「ともかく、お前とは一度しっかり勝負をしようと思っていたところだ。ヒーロー気取りのお前に勝ち、お前をただの女子生徒に戻してやろう!」

「負けるのはお前だ、握野! 必ずやお前を正しい道へと戻してやる!」



 俺と広井が睨み合う。一陣の風が吹き抜ける中、俺は広井を改めて見上げる。背丈こそ小さいし、ヒーロー気取りのその精神は幼いけれど、胸の武器は少々大きいし、カチューシャで前髪を上げているその顔つきだってアイドル級に可愛らしい。いつも元気いっぱいの広井に元気をもらい、その容姿に惹かれる男子生徒も多いと聞くが、その気持ちは正直わかる。だけど、俺は負けるわけにはいかない。このままでは俺の楽しみが邪魔され続けてしまうのだから。



「さあこい、広井!」

「望むところだ、あく――」

「またお前達かー!」

「え?」

「あ……」



 俺と広井の声がシンクロする。向こうから生活指導の獅童先生が走ってくるのが見えた。このままでは無意味にお説教をされるだけの時間が始まってしまう。



「よし広井、ここは休戦だ。お前も獅童に捕まりたくはないはずだ」

「無論だ。では、行くぞ!」

「おう!」


 立ち上がった広井が走り出そうとする中、俺は広井のシミ一つない純白の天国を目に焼き付けてから別方向へ走り出す。こうする事で獅童先生も混乱し、俺たちを追いかけてきづらくなるのだ。



「こ、こら! お前達、待てー!」



 目論見通りに獅童先生はどちらを捕まえていいのか分からない様子で立ち止まる。そして走っていく広井を見送りながら俺も走り去り、ある程度獅童先生から離れた所に来たのを確認してから俺は立ち止まって息を整え始めた。



「はあ、はあ……ふう、ここまでくれば大丈夫だろ。しかし、また広井が来るとはな……あのヒーロー気取りめ、俺の楽しみの一つの悪役ムーブを邪魔しやがって」



 俺が悪役を気取るのは、あくまでもお遊びの一種だ。そしてそれを楽しんでいるだけなのにアイツは自分をこの学校のヒーローだと疑わずに俺の楽しみを邪魔しに来る。まったくいい迷惑だ。



「けど、まあ……いいものは見られたからな。広井とはいえ、同級生のスカートの下の光景を見られたのは眼福だと言えるだろうな」



 目に焼き付けた広井のあの純白のパンツとそこから伸びる健康的な足を思い出しながら俺は少しニヤつく。俺だって健全な男子高校生だ。そういうのに興味がないわけではない。



「さて、獅童先生も出てきたし、今日のところはいつも通りに戻るか。よっこいしょ、と……」



 俺は制服のポケットからメガネを取りだし、少し遊ばせていた髪型をクシを使って綺麗に整える。そして悪事を楽しむ握野から秋野豊へと戻ると、俺はふうと息をついた。



「これでよし。まったく、いつもと雰囲気を変えて謎の生徒を作り出さないとこういう楽しみも出来ないのは本当にめんどくさいよな。けど、普段は優等生で通っている俺が握野の正体だとバレたら色々まずいし、これで我慢するしかないか。はあ……」



 俺はため息をつく。普段から品行方正で、成績も優秀な生徒の秋野として通っている俺の楽しみがあの握野になって他の生徒に悪事を働いていくという悪役ムーブなのだ。それをヒーロー気取りの広井なんかに邪魔されるのは本当に腹立たしい。



「さて、そろそろ教室にもど――」

「きゃっ!」

「おっと」



 誰かにぶつかった。見ると、そこにいたのは同じクラスの広瀬萌果もかだった。



「まったく、大丈夫か?」

「え……う、うん。だい、じょうぶ……」

「ならいいけどさ。そういえば、また握野がその辺に出たらしい」

「そ、そうなの……?」



 広瀬がか細い声で聞いてくる。いつも長い前髪で顔を隠し、いるのかいないのか分からないほどの存在感の薄さとそのささやくようなか細い声でみんなから中々認識されていないが、同じように成績は優秀で広井みたいな破天荒さもない広瀬の事はなんだかんだで好きだった。



「ああ。だからお前も気をつけた方がいいぞ」

「う、うん……」

「それじゃあ俺はもう行くから」

「わ、わかった」



 広瀬の言葉に頷いた後、俺はゆっくりと歩き始める。次はどんな悪事をして悪役ムーブを楽しもうか考えながら。

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