妖精の森の一日
鰩おろし
一頭の仔羊
妖精は元来、我が強く、悪戯好きで残忍な存在というのが人間達から見た見解だろう。
しかし、妖精からすれば残忍で害悪なのは人間だときた。まったく、誰も彼も、妖精も人間も何処まで行っても相容れない。
私としては、人間は嫌いだが他の妖精ほど苛烈に、過激にそれを表に出しているわけではない。必要とあれば、人間達とも話すし協力関係だって築いていくつもりだ。
好き嫌いで判断して良い問題ではないのは確かだと、他の妖精たちにも解って欲しいものだけれど。
おや、また妖精たちが人間を捕らえて引き摺ってきたようだ。年の頃は十歳といったところか。
可哀想に。彼はこの後、四肢を切断され内蔵を引っ張り出され、見るも無惨な姿となって家畜の餌にされるのだろう。私にはそれをどうこうする気はない。迷い込んできたのは彼の落ち度だ。確か、数百年前から人間達はここを禁足地と定めているはずだからね。
ん?あれ、だけど人間達って数百年も経てば約束事も廃れていくんだっけ?まあ、気にしないでいいや。どうせ私達にはどうすることもできない。なぜなら我々は、不干渉を貫いているから。
「ねえ、オベロン。人間だわ。なぜ、人間が迷い込んでいるの?」
「私にも解らない。ただ言えることがあるとするならば、『愚か』であるというだけさ」
私は動かない。なぜならば、『妖精王』だから。この程度で動揺していては、妖精たちからの信用も揺らぐ。そんな事があれば、たちまち現在の楽園として成り立っている妖精の森が一瞬にして崩れ去り、戦場とかする。
「困ったな、このまま増えていっては戦う力を持たない妖精たちは不安に思うだろう。様子見しなければならないとは歯痒いな」
私は彼女――ティターニアを抱き締め、この無力感を噛み締める。
朝。
「王よ、我々は人間達を直ちに滅ぼすべきだと進言します」
会議は踊る。されど進まず。
私はティターニアと共に各役職の妖精たちを招集し、緊急会議を行ったのだが、あまり良い案は出ない。
彼――サラマンダーは特に攻撃的な性格で、人間を毛嫌いしていることから人間を発見しては直ちに殺害しようとする。正直、私は彼が苦手で仕方がない。私は争いを好まない。
「私は認めませんよ。人間達とは和解するべきです」
彼女――ウンディーネは私と同じく争いごとをを好まない。例え好まない人間であっても、決して惨殺せず、和解の道を探す。そういう妖精だ。彼女は慈悲深く、私としては好感が持てる。
「ええー、つまんないなー。人間達を玩具にして死ぬまで遊んであげようよー」
そう言って唇をアヒルのようにツンッと尖らせて、恐ろしいことを言うのはシルフだ。彼女は生来、普通の精霊たちよりも悪戯心と好奇心が強く、最も残虐だ。普通に話す分には構わないが、あまり戦ごとに関しては最も進んで関わらせたいと思えない存在だ。
「だめですよ、皆さん。好き勝手言っていては、会議は進みません。もっと、他の方の意見にも耳を貸すべきです。特に、サラマンダーとシルフ。貴方達はもっと周りを気にすることを覚えなさい。良いですね」
彼はノーム。あの三人を纏めてくれている影の立役者だ。彼が居てくれなければ、三人は好き勝手動いて、まるで話を聞いてくれなかっただろう。彼には感謝の念が絶えない。
「王よ、ご決断を」
「うむ」
仕方がない。このままでは埒が明かない。いつまでもダラダラと、会議を続けていることに意味はなさそうだし。
「意見がバラけている。取り敢えず様子見をし、また一週間後に話を聞こう」
そう言って、私は「解散!」と会議を閉めたのだった。
正午。
木々の植えられたこの庭園は、妖精達にとって遊び場であり、休息の地だ。我々妖精は植物とは隣人のようなもの。共に助け合い、生きていく事が大事だ。
「あ!王様!」
一匹の妖精が私に気付き、手を振る。
「やあ、庭師。こんにちは。昼は良いね。太陽が照りつけてくれる」
私も挨拶をし、世間話に花を咲かせる。
「おや、もうこんな時間だ。いつまでも道草を食べていると、ティターニアに怒られてしまう。これで失礼するよ」
「こちらこそ、ありがとう御座います」
そうして、私は庭を後にする。本当にいい場所だ。花はいつだって、誰にだって、美しく見える。それは人間も妖精も変わりはしない。私もそうだ。誰も彼にも、私は美しく、慈悲深く、華やかに見える。私は自分の事を極端に卑下する愚かな行動はしない。
「自己評価は適切にってね」
私は庭のアーチを見て、微笑む。
夜。
「今日の夕食は仔羊肉のローストでございます。焼きたてなので、十分お気を付けて」
シェフは淡々とそう言って、表情一つ変えずに食堂から出ていく。
にしても、仔羊、ね。あまり気持ちの良い物ではないな。今朝方、殺されたの人間の肉なんて。
私達妖精は共食いをしない。それはそうだろう。人間達とてそんなことはしない。人間達にも礼節というものはあるのだから。なんだか、共食いをしている気分になる。私と姿形が似ているからかな?私に情が芽生えるなんて、それも人間相手に。不思議な物だ。
私は彼を助けるべきだったのか?いや、俗に言うタラレバという奴だな。
「おいしいわね。不思議ね。羊ってこんな味だったかしら」
彼女は単純に食事を楽しんでいるようだった。それもそうだろう。彼女は知らない。この肉が人間の物である事を。彼女は優しいから、きっと悲しむだろうな。せめてもの手向けに、私が冥福を祈ろう。
寝る前、私の脳裏には今朝死んでいった『彼』の顔が浮かんでいた。どうやら、私は相当後悔しているらしい。苦しむだけなら、滅ぼしてあげた方が良いのだろうか?否、それではただの繰り返しだ。
どうか彼の来世は、ただ見られるだけで美しいと守られる幸福な人生を過ごせる事を祈ろう。
哀れな一匹の仔羊に。
妖精の森の一日 鰩おろし @agodashimizore
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