第7話 大失敗からの大団円!?文化祭本番

陽が昇ったばかりの校門には、すでに文化祭を楽しみに来た大勢の来場者たちが集まっていた。

普段は落ち着いた雰囲気の東雲高校が、この日ばかりはテーマパークさながらのにぎわいだ。

校舎の壁面には色彩豊かなポスターや看板が踊り、廊下や教室には準備に追われる生徒の声が飛び交っている。

しかし、そんな熱気あふれる朝においても、化学部のメンバーは何やらいつも以上に焦っているように見えた。


「三津谷先輩、こっちのパネルどこに立てればいいですか?」

華奢な体格の江夏颯太が、パネルにロボットのパーツや工具袋を抱えながら声を張り上げる。前髪をざっくりと切った明るめの黒髪が少し汗で張り付いているのを気にしながら、彼はポスターを張る作業にも追われていた。

「入口の脇に置いて、プライメイラの説明ブースに誘導できるようにしておいて。……っていうか、江夏、そっちの家電ロボはもう仕上がったのか?」

三津谷知久は落ち着いた声を保ちながらも、視線は忙しなくタブレットの画面を走らせている。

サラサラの黒髪が肩先で揺れ、メガネをかけるとより研究者めいた雰囲気が漂うが、今朝は目の下に若干クマができているのが少し心配だ。

「まだセンサーがちょっとバグってて……あとで細かい調整します!」

江夏はそう言うと、慌ててパネルを廊下の壁に立てかけ、テープで補強し始めた。


ブースの中央では、黒光りする円盤状の固体“プライメイラ”が展示台に鎮座している。

「いいね、この角度でライトを当てれば、複合素材の光沢がわかりやすいかな」

桐島奈緒がエプロン姿でライトの調整をしながら、茶色寄りのセミロングを指先で整えている。

彼女は朝から自作の改造植物を小さめの鉢にまとめて配置する予定だったが、その準備は一段落したらしい。

「桐島、ちゃんと根っこが飛び出さないようにしてよ。前みたいに廊下がジャングル化したら今度こそ教頭に叱られるわ」

近くでハサミやグローブを持ち歩いている結城友梨が苦笑いをする。

彼女は背中まで伸びた黒髪をサッとひとつ結びにして、白衣のすそを整えつつ会場の安全管理まで気を配っている。

「はい……もうあんな騒動はごめんです。今日は大丈夫ですよ、はず……」

桐島は少し弱気になりながらも、鉢の中の植物を見つめる目は柔らかく穏やかだ。


一方、ブースの奥では北條直人が居心地悪そうに常温核融合装置を眺めていた。

短い黒髪とゴーグルといういつもの組み合わせだが、今日はゴーグルを首にかけているだけで、実際に装置を動かすつもりはないらしい。

「やっぱり本物は持ち込ませてもらえなかったか……でも俺、シミュレーション映像だけじゃ物足りないんだよなあ」

「仕方ないでしょ。実際に発熱事故でも起きたら大変だもの。結城先輩の計画書だってギリギリ通ったんだよ」

柿沼隼人が寝ぼけまなこをこすりながらノートパソコンを抱えて近づいてくる。

やや色素が薄い黒髪が前髪でかかり、しきりに指でかき上げるクセが出ている。

「わかってるけどさ。まあ、疑似体験ブースでも盛り上がってくれればいいか」

北條は渋々納得しているようだが、その横顔にはまだ未練が残っている雰囲気がありありと感じられた。


「みんな、準備はいいか? そろそろ開場だぞ」

顧問の藤堂省三が、細身の長身をそっとかがめながら部員たちを見回す。

短く刈った黒髪にはちらほら白髪が混じりはじめ、猫背気味の背中が苦労を物語っているが、目には柔らかい情熱が宿っている。

「大丈夫です、先生。パネルも貼ったし、火気管理はバッチリです。……たぶん」

結城が敬語で報告すると、藤堂は苦笑いしながら「まあ、無理せずいこう」と返す。


開場してまもなく、化学部の展示ブースは早くも人だかりができ始めた。

AIで設計された不思議な新素材や、改造家電ロボ、さらに改造植物とくれば、どれも未知の魅力にあふれているのだろう。


「うわあ、これほんとに熱に強いんですか?」

「このロボは自動で動くんですか?」

客からの質問に三津谷や江夏が次々と答えていく。

三津谷はタブレットを操作しながら、プライメイラの分子構造モデルを見せて得意げに語り、江夏は家電ロボのセンサー構造や進化的アルゴリズムをさらりと解説する。


「こっちの植物は……あれ、花が咲くんですか?」

桐島のブースを覗いた生徒がそう驚くと、彼女はエプロン姿のままにっこり微笑む。「ふふ、よかったら見ていってください。この子、ちょっとだけ遺伝子をいじって光合成効率を上げたり、成長スピードをコントロールしたりしてるんです」


そんな熱気に混じって、北條の「常温核融合シミュレーション」コーナーも妙に盛り上がっている。

大きなモニターに映し出されたフライシュマン=ポンズ型の実験映像や、AIで可視化した核融合プロセスがリアルで、来場者が次々に「おもしろーい」「これ本当にできるの?」と食いついている。

「まあ、理論的には可能だとか、いろんな議論があるんですよ。ここでは疑似体験だけってことで……」

北條は苦笑まじりに応対しているが、内心では「ほんとは実機でやりたかったんだけどなあ」と思っているのだろう。


昼頃になると、さらに人が増え、ブースの通路がちょっとした混雑を見せはじめる。三津谷がバーナーを使った新素材の耐熱デモを披露しているとき、江夏のロボットが急に誤作動を起こし、別方向に風をまき散らして小さな紙片をぶわっと飛ばすハプニングも起きた。

しかし、凛々子が「わあ、また面白いことになってきた!」と大はしゃぎするため、客たちからは歓声と笑いがあふれ、どこか微笑ましいトラブルとして受け止められている。


そんな慌ただしさの中、桐島の改造植物は、ほんの少しだけ蕾を膨らませていた。

ほんわかした雰囲気の彼女が、そっと花びらを確認している姿は、まるで明るい舞台裏で静かに開花を待つ花のようだ。

「咲くかな……この環境だとどうなるかわからないけど」

「桐島さんの植物って、あのジャングルみたいなやつと同じ遺伝子なんだよな。なんかドキドキするわ」

結城が真剣な顔で花の状態を見つめ、桐島は小さく笑う。

「すごくいい環境だし、たぶん大丈夫だと思います」


夕方近くになって、客足が最高潮に達したころ、唐突に北條の常温核融合装置のランプがチカッと光った。

校内をぶらついていた小さな子どもが、誤ってケーブルを引っ張ったらしい。

「わわっ、通電しちゃった?」

北條が慌てて駆け寄ると、ビーカーの水面がピクピクと泡立ち、メーターもわずかに動いている。

「これは……?」と見つめる北條の前で、青白い火花がかすかに走った。

ほんの一瞬の出来事だったが、周囲の観客が「おおーっ!」と声を上げるほど幻想的な光だ。

「うそ、これ核融合? いや、まさか……ただの電気化学反応?」

北條は思わず熱っぽい声を漏らすが、結城が「危ないからスイッチ切って!」と声を張り上げる。

「ごめんなさい、でもあとちょっとだけ……うわあっ、もう消すよ!」

結局、ほんの数秒の“謎発光”が観客の興味を一気に引きつけ、大勢が拍手喝采する場面になった。

北條は汗をかきながら装置の電源を落とし、「失敗か成功か、よくわかんないな」と苦笑する。


その直後、桐島の植物が予想外の大輪の花をゆっくりと咲かせ、客たちの注目が一斉にそちらに向かう。

「すごい、こんな真っ白い花なのに、縁が青い……遺伝子操作でこんなの作れるんですか?」とあちこちで歓声が上がる。

桐島は驚きを隠せないまま、「はい、私もこんなにきれいに咲くなんて思わなかったです」と照れ笑いをする。


こうしてドタバタの連続で幕を下ろした化学部の文化祭展示は、多くの来場者から大好評を得たらしい。

夜になり、ひととおりの片付けを終えた部員たちは、部室で肩を落としつつも笑顔を交わしている。

「みんな、お疲れさん。とんでもない騒ぎだったけど、結果オーライってとこか?」と藤堂がねぎらいの声をかける。

「北條の核融合、一応“謎の光”を見せられたし、桐島の花は絶妙なタイミングで開花したし、江夏のロボも……まあ何とかデモできたな」

三津谷はフラスコを丁寧に拭きながら、額の汗をぬぐう。

「俺のプライメイラも、素材としては注目されたみたい。何人かの先生が“実用化したらすごいぞ”って言ってたよ」

「柿沼くんのAIは結局どうだったの?」

結城が静かに問うと、柿沼はノートパソコンを閉じながら「危ないプログラムは全部削除しましたし、暴走しそうな要素は止めておきました。今度はもっと安全に最適化してみます……」と呟く。

相変わらず眠たげだが、その表情にはどこか達成感がにじんでいる。


そして桐島が、小さく笑みを浮かべながら花の鉢を見つめる。

「先生、私、もう少し花の遺伝子を研究してみたいと思うんです。今度は危険なツタにならないようにちゃんと制御しながら……」

「うん、管理責任だけはしっかり頼むぞ。今日は本当にみんなよく頑張ったな」

藤堂はそう言って白衣の袖をまくりながら、苦労性の表情を浮かべる。

「何度も寿命が縮む思いをしたけど、こういう終わり方なら悪くないかもな」と笑うと、部員たちも一斉に吹き出した。


大失敗とまでは言わないが、ドタバタだらけの展示が生み出した奇妙な盛り上がり。それに加えて、ちょっとした奇跡のような瞬間や、美しい花の開花まで見せられたことで、化学部の活動は確かな注目を集める結果になった。

廊下の清掃や後始末こそ大変だったが、誰も彼も不思議と高揚感に包まれている。「ああ、やっぱり化学部って最高に面白いね」

凛々子が言葉を弾ませると、北條が「いや、最高すぎて命がいくつあっても足りない」とボヤく。

それを聞いて桐島や江夏が笑い合い、結城が「また明日から頑張りましょう」と締めくくる。


その夜、校舎裏の片隅で、桐島の花はさらにもう一枚だけ花びらを開かせたらしい。誰も知らないタイミングで、白く大きな花が夜風に揺れている。

もしかすると、あの謎光と同じくらい儚く不確かな奇跡の瞬間かもしれない。

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