第6話 暴発寸前!改造植物と核融合の融合…?

秋晴れの朝、学校の廊下には心浮き立つような空気が満ちていた。

文化祭の準備真っ最中で、あちこちから画用紙を切る音やペンキのにおいが漂ってくる。

ところが、そんな和やかな雰囲気をぶち破るような騒ぎが、化学部の部室で巻き起こっていた。


「ねえ桐島、廊下のツタがぐんぐん伸びてるんだけど、あれ大丈夫なのか?」

北條直人が困惑の声を上げる。

彼はゴーグルを首に下げたまま、配線むき出しの常温核融合装置を抱えて駆け回っている。

その短い黒髪はゴーグルの跡でペタンと潰れ、一方で白衣の端には相変わらず焦げ跡が残っていた。

「ご、ごめんなさい! ここ数日で急に成長速度が上がっちゃって……文化祭用に“少しだけ”改造してたつもりなのに…」

茶色寄りのセミロングヘアを指先で不安げにいじりながら、桐島奈緒がしきりに謝る。

小柄で丸顔の彼女は、いつも植物をいじっているせいか、ほんわかした雰囲気をまとっている。

それでも今回は自分の育てた植物が廊下を占拠しはじめていることに動揺を隠せないらしい。


「でも、あれじゃあ他の生徒が通れない。早くどうにかしないと!」

少し高めの背丈を持つ結城友梨が、鋭い口調で注意する。長い黒髪をポニーテールにし、白衣姿でテンポよくハサミを取り出すと、手際よくツタをスパスパ切り始めた。「あ、ありがとう結城先輩。ほんとはもう少し落ち着いて成長させるつもりだったんだけど……」

桐島はやりきれない表情を浮かべる。目の前で切られたツタの切り口から、妙な液体がとろりと流れ落ち、床に落ちた雑巾をじゅわりと溶かしかける。

「何これ、めっちゃ酸性が強いじゃない! 雑巾が溶けてる……ちょっとヤバいんじゃないの?」

部室奥から駆け寄った藤宮凛々子が、その溶けかけた雑巾を見て悲鳴に近い声を上げる。

肩上の黒髪ボブをふわりと揺らし、軽やかに走り回る彼女は、生き生きとした笑顔が印象的だが、その目には特有の“危険なスイッチを押す人”の輝きが宿っている。「だ、大丈夫……なはず。毒性が強いわけじゃないけど、腐食性があるみたいで……」

桐島はまるで言い訳のように呟きながら、床にこぼれた樹液を手早く拭きとっていく。


一方、部室のなかを覗くと、今度は北條の常温核融合装置が低い唸り声を上げていた。

パラジウム電極を浸したビーカーがわずかに泡立っている。

「北條、さっきからその装置、変な音してない? ひょっとして本当に核融合が起きてるんじゃ……」

三津谷知久が落ち着いた声で言う。

サラサラの黒髪が揺れ、クールな部長らしい風格を漂わせているが、その瞳は焦りを帯びていた。

「わからん。メーター見ると微妙に温度が上昇してる感じがあるんだよ。でも、まさか本当に核融合なんて……いや、でもあり得るかも!」

北條は興奮気味に眉を上げる。あくまで「もしかして」の世界だが、彼は諦めようとしない。


「それより、下にツタが入り込んでない? 配線絡んだらショートするかもしれないぞ!」

江夏颯太がビーカーを片づけながら叫ぶ。

前髪をざっくり切った明るめの黒髪が小動物のように揺れ、華奢な指にはまだ基板のはんだ付けの痕が残っている。

「うわっ、本当だ!」

北條が焦ってツタを引っ張るが、エプロン姿の桐島が「無理に引っ張らないで!」と注意する。

「ちょっとでも切れたら腐食性の液が流れ出すかもしれないんだってば。あ、やばい……火花散ってるし!」

ツタの先端が配線に触れ、微細な火花をピシュッと放つのが見える。場は一気に緊迫感を増した。


そこに顧問の藤堂省三が廊下から飛び込んできた。

長身で猫背気味の姿が目を引き、苦労性の表情を常に浮かべている。

「おいおい、なんじゃこりゃ! 廊下だけじゃなく部室までジャングル化してるのか? しかも核融合装置が火花を散らしてるってどういうことだよ!」

「藤堂先生、マジでやばいです! ツタを切り落としたいんですけど、配線に絡んでて……しかも装置が高温化してるっぽいんです!」

北條が必死の形相で訴える。

白衣の端には例の焦げ跡がさらに増えていて、見た目にも危険度が高そうだ。


「仕方ない、根っこから切るしかないか。江夏、何してるんだ?」

藤堂が振り返ると、江夏はポケットから小型ドローンを取り出していた。

「よし、こいつを飛ばしてツタを切り離してやる!」

江夏は自信満々にスイッチを入れ、ウィーンというモーター音とともにドローンが浮き上がる。ロボアームの先にカッターをくっつけるという荒業だ。

「大丈夫なの、それ……?」

凛々子が呆れたように呟くが、江夏は「かっこよく活躍するはず!」と意気込む。


次の瞬間、ドローンは案の定ツタに絡まり、プロペラがブブブと空回り。

宙吊り状態になってしまう。

「ぎゃああ、引っかかったあ!」

江夏はリモコンを押しまくるが、ドローンはうなり声を上げるだけで身動きが取れない。

「うわー……まただめか」

結城があきれた顔を見せる。彼女はしっかり者のはずだが、毎度の騒動にはさすがに慣れっこになってきている。

「あれ、どうやって回収するつもり?」と、半ば呆れつつも救出策を考え始めている様子だ。


それより深刻なのは、常温核融合装置のほうだった。メーターは徐々に上昇を示し、北條が電源を落とそうとしてもツタに邪魔されてコードが抜けない。

小さな火花が走り、「もう少しで発火するんじゃ……」という空気が漂う。

「ちょっと待って、中和液作ってきたから!」

桐島が大きなバケツを抱えて駆け込んでくる。

何やら化学的に酸性を中和できる液体らしい。

「ここにぶっかければ腐食が抑えられると思う……たぶん」

彼女はツタの根元付近に勢いよく液体をかける。じゅわっと煙が立ち、ツタがほんの少し萎縮したように見える。

「よし、今だ北條、コードを外せ!」

三津谷が指示を飛ばすと、北條は慎重にバッテリーケーブルを外しはじめ、ゴソゴソと不穏な音を立てながらも何とか電源を落とすことに成功する。


「はあ……助かった」

北條が汗を拭うと、結城がしっかり消火器を構えて待機していたのを下ろす。周囲がほっと安堵の空気に包まれる。

だが、見上げた先にはドローンがツタにぶら下がったまま、ブブブと虚しく回転している。

「ドローンは……もう諦めるか」

江夏が肩を落とし、そこに桐島が申し訳なさそうにぼそりとつぶやく。

「ほんとにごめんなさい。もっと有意義に使う予定だったのに、改造しすぎて暴走気味になっちゃって……」

「おまえの研究自体はすごいんだが、文化祭の前に大破されても困るんだよ」

藤堂が苦笑しながら頭をかき、「あとでちゃんと廊下の掃除もしろよな」と念を押す。


こうして部員たちは、ツタを切り落とし、床にこぼれた腐食性の樹液を拭き取り、廊下の通路をようやく開放する。

軽く消毒を施したものの、不気味な青い染みがいくつか床に残っている。

廊下を行き交う生徒たちが「あれ何?」と興味津々で見つめる姿は、ちょっとした見せ物のようだった。


「しかし、北條の装置はほんとに謎だな。今の温度上昇は何だったんだろう」

江夏が疑問を呈すると、北條は苦笑して首を振る。

「さあね。単なる熱暴走かも。もしかすると微弱に核融合してるのかもしれないけど、証拠はないし。気になるなら文化祭が終わったらまた検証するよ」

「文化祭まであと数日よ? 今度は変な爆発とかしないでよね」

結城が溜め息をつくと、凛々子が「むしろ面白そうだけど」とケラケラ笑う。


すると柿沼隼人がパソコンを開いて、眠そうなまぶたでぼそりと言う。

「AIシミュレーションの結果、ツタの成長と核融合が混ざるとやばい反応が起きるかもって出てたけど、実際どうなんでしょうね……」

「また嫌なこと言うなぁ。どっちも制御できてないのに合体したら、そりゃトンデモないけど」

北條が肩をすくめ、三津谷はフラスコをいじりながら「文化祭まで燃え尽きそうだな」と嘆く。

桐島はちょっとションボリしたままだが、部員全員でフォローし合っている雰囲気が伝わってくる。


こうして一応の解決を見た改造植物と核融合装置の騒動だったが、まだ何かくすぶっている予感が拭えない。

藤堂が歩き回って周囲を確認していると、配線の隙間で小さな放電の火花がチラリと光っては消えるのを見逃しそうになる。

「……大丈夫かな、ほんとに」

呟きは誰にも聞こえずに部室に飲み込まれる。

だが、一度落ち着きを取り戻した部員たちはすぐにまた文化祭の準備へと戻っていく。

大惨事にならなかった安心感と、「まだまだやることが山積みだ」という前向きな慌ただしさが化学部に満ちていた。


廊下にはかすかに植物の青臭さが漂い、ドローンの残骸がバケツに回収されている。廊下をジャングルにし、核融合装置を危うくショートさせた彼らの実験は、いつか真価を発揮するのだろうか。

それともまた次なる大騒動を引き寄せるのか――そんな不穏な期待を抱きつつ、文化祭までのカウントダウンは止まらないまま進んでいく。

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