第4話 文化祭への布石 - 常温核融合と新素材の可能性

朝夕の気温がぐっと下がりはじめ、校舎の窓からはすっかり秋めいた空気が入り込んでいた。

東雲高校の廊下には文化祭のポスターがずらりと並び、どの部活動も「今年の目玉はこれだ!」とばかりに熱を帯びはじめている。

奇想天外な実験を連発する化学部も、何やら大掛かりな計画を練っているようだ。


「みんな、文化祭での出し物どうする? もうアイデア固めないと時間がないぞ」 部長の三津谷知久が、やや長めの黒髪を指で払いながら声を張り上げる。

彼はいつもクールな雰囲気を漂わせていて、白衣が板についた姿はまるで大学の研究者のようだが、今回ばかりは焦りを隠せないらしい。


「やっぱり、オレの常温核融合デモは外せないでしょ。成功すれば世界的ニュースだよ、世界平和だよ!」

いつものようにゴーグルを首から下げている北條直人が手を挙げる。短い黒髪の一部がゴーグルで潰れているのはご愛嬌だが、彼はいつもと同じく細身の体をせわしなく動かして興奮気味だ。


「北條くん、失敗すればただの水槽か、ヘタすると危険物にしかならないけど大丈夫? 第一、安全面が……」

やや高めの身長を持つ結城友梨が、落ち着いた口調で指摘する。

背中まで伸ばした黒髪をさらりとまとめた彼女は、文化祭の運営にも関わるためか、いつにも増して“しっかり者のお姉さん”感を漂わせていた。


「いやでもさ、もし成功したらこの学校の名声も一気に高まるよ! 常温核融合を高校の文化祭で実演したなんて前例、きっとないだろ?」

「だから“もし”のハードルが高すぎるんだよなぁ……」

隣でツタの剪定を終えたばかりの桐島奈緒が苦笑いを浮かべる。

小柄な体にエプロン姿がトレードマークで、茶色寄りのセミロングヘアからはわずかに土いじりの匂いが漂う。

何度も暴走しかけた改造植物を抱えたまま、「でも、私も新しい展示をやってみたいんだよね」と笑う。

その姿はほんわかしていながら、バイオ系の大胆な実験をやってのけるギャップが魅力的だ。


すると三津谷が黙っていたタブレットを掲げる。

サラサラの黒髪を揺らして、AIの分子構造図を見せつけるように。

「僕はこの“プライメイラ”という新素材で勝負したい。シルビアやオクタヴィアをさらに発展させた複合材料で、セラミックスと有機高分子を組み合わせて熱にも電気にも強くしたんだ。うまくいけば半導体業界でも注目されるかもしれないレベルさ」「へー、そんな夢の素材ができちゃうんだ」

江夏颯太が身を乗り出す。明るめの黒髪と中性的な顔つきで、小動物のように愛嬌を放ちながら、パーカーの袖口からは細い指が覗いていた。

「シルビアやオクタヴィアみたいに、怪しく光ったりしないの?」

凛々子が興味津々で頭を突き出す。肩上までの黒髪ボブにヘアピンをつけている彼女は、実験室のスイッチを見つけると押さずにいられない性分らしい。

いつも軽快で明るい笑顔を振りまいていて、部内を賑やかにする筆頭格だ。


「今回は光りはしないけど、軽さと強度はかなり期待できる。先生も『部活のレベルを超えてる』って言ってたし」

三津谷がタブレットを操作すると、プライメイラの3Dモデルがくるくると回転する。確かに、これが本当に完成すれば科学的には大いなる挑戦になりそうだ。


そんなところへ顧問の藤堂省三が姿を見せる。

猫背気味の長身からは、「また何か危ないことを考えてるのか?」という苦労性のオーラが漂っている。

「みんな、文化祭の展示計画書を教頭に出してくれってさ。そろそろまとめないとまずいぞ。それにしても……何だ、また盛り上がってるようだな」

「先生、今年こそ常温核融合と新素材の大実演ですよ!」

北條が声を張り上げると、藤堂は深いため息まじりに「はあ?」という表情を見せる。

「成功する保証はあるのか? 安全面は? 下手したら来場者に危険が及ぶんじゃないか?」

結城が、すかさず手帳を開いて説明する。

「そこはちゃんと計画書に落とし込むつもりです。火傷や発火を防ぐ仕組みを作って、誘導員を配置して……」

手際よくペンを走らせる結城の頼もしさに、他の部員たちは素直に感心している様子だ。


ところが翌日、藤堂が職員室から戻ってくると顔が険しい。

「おい、みんな。教頭が言うには『化学部の展示は規模が大きすぎて事故のリスクが高いならやめてくれ』だと。……最悪、部活の存続も見直すって話だ」

「えええっ?!」

江夏は腰にぶら下げていたドライバーを落としかけるし、桐島は剪定ばさみを危うく踏みそうになって「そんな……」と目を丸くする。

扇風機暴走に空気清浄機溶解など、確かにこの部はトラブル続きではある。


「くそ、せっかく新しい配線図を用意してたのに」

北條はゴーグルをむしり取りながら悔しそうに頭をかく。白衣には相変わらず小さな焦げ跡が散見される。

「あたしが赤いスイッチ押したせいで……」と凛々子も落ち込み気味だ。


しかし、三津谷は落ち着いた様子で結城へ視線を送り、「計画書はどう?」と尋ねる。

「まだ草案だけど、説得力のある安全管理とリスク評価を書き込めば、顧問の先生からもOKもらえるはず。藤堂先生、いいですよね?」

結城の頼もしい発言に、藤堂は「まぁ、書類次第だな」とうなずく。

「三津谷の新素材に関しても、データをセットで出せば教頭も頭ごなしには反対しないだろう」

「ただし北條の常温核融合は、大がかりな装置の持ち込みはダメかもしれない」

「そっか……ちぇっ」

北條が唇をとがらせるのを、江夏が「ま、仕方ないよ」と肩をすくめてなだめる。


「じゃあ、シミュレーション映像を流す方式はどうです? AIでリアルな映像を作るとか」

柿沼隼人がパソコンを開きながら提案する。眠そうなまぶたで淡々と話すが、その指先は速度変調パルスを生成するコードを書き出しているようだ。

「ただ俺は本物の装置も見せたいんだよなぁ……」北條はまだ悔しさを拭えない。


それでも混沌とした化学部は着実に動き始める。

部員たちはそれぞれの計画を調整しつつ、文化祭での出し物に意欲を燃やすのだ。

三津谷はAIを駆使して“プライメイラ”の合成レシピを練り直し、江夏は家電ロボを再改造して安全制御プログラムを優先する方針に変えるらしい。

桐島は改造植物の展示をどうするか考え、北條は簡易版の常温核融合セットを作ろうと画策している。

柿沼は新たなシミュレーションを組むべく、タイピングの速度を上げていた。


そしてさらに翌週、北條が常温核融合の実験データを一部ネットで公開したところ、理系教師たちの間で少し話題になった。

異常発熱らしき揺らぎが測定されたらしく、「本当に何かあるのか?」と盛り上がっているのだという。

「すっげえ、化学部マジで核融合ショーやるらしいぜ」

そんな誇張された噂が一人歩きし、藤堂は頭を抱えて火消しに追われる羽目になる。一方で、桐島の植物も「改造の成果がすごいらしい」との噂が回り、期待する生徒が出始める。

「何か意外と注目されてるじゃないか」

三津谷がプライメイラの試作品を確認しながら鼻息を荒くする。

黒光りする円盤状の固体は、まさにSFの小道具のように見えなくもない。


「騒ぎになればなるほど、展示成功のハードルも上がるし、失敗したら大惨事だよね」

結城が苦笑しつつメモを取る。

彼女は文化祭運営の打ち合わせや部内調整もあり、珍しく忙しそうに眉を寄せているが、その表情はどこか充実感もあふれている。


「何にせよ、トラブルを起こさずにやろう。安全管理はしっかりね」

藤堂がそう口にするが、内心では「このメンバーならきっと何か騒ぎを起こす」と確信している。

変人じみた熱意が集まる化学部が、本番でおとなしく過ごすわけがない。

ただ、そこが彼らの面白いところでもある。


文化祭当日まで、あとわずか。果たして常温核融合(?)や新素材「プライメイラ」の展示は成功するのか、それともまた予想外のドタバタが待ち構えているのか――この部活が燃えあがるのは、まだまだこれからだ。

そんな予感に満ちた放課後の化学準備室では、今日も誰かが工具を鳴らし、試薬の光が怪しくゆらめいている。

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