第3話 家電ロボ軍団、襲来!?

午後の放課後、化学部の部室の一角にある棚から、江夏颯太のやや中性的な声が聞こえてきた。

いつものパーカー姿に工具袋を腰につけて、小動物のようにソワソワしている。

彼の手元には、小さな車輪から自作の基板まで入り乱れたガラクタが散乱していた。


「いやあ、いつの間にか“試作品”が増えちゃってさ。先輩たちも協力してくれるって言うから、家電ロボ軍団を動かすテストをしたいんだよ。絶対楽しいって!」

雑然としたパーツを指差す江夏の瞳はきらきらしている。前髪をざっくり切った黒髪が軽く跳ねて、どこかアーティストのような気配を漂わせていた。


「家電ロボ軍団……?」

その声に反応したのは藤宮凛々子だ。肩上までの黒髪ボブが跳ねやすく、カラフルなカーディガンを白衣の上に羽織っている。

「ねえ、それって何台あるの? めっちゃ面白そうじゃん!」

凛々子の目はきらきらと輝いていて、まるで危険なスイッチを見つけたときのように好奇心が抑えられないらしい。

周囲でツタをハサミで剪定していた桐島奈緒までもが、土いじり用のエプロンをしたまま顔を上げる。


「江夏くん、前に改造した扇風機のやつ、まだ動きがおかしかったでしょ? 大丈夫なの?」

桐島はふんわりとした茶色寄りのセミロングヘアを気にしながら尋ねる。

小柄で丸顔の彼女は、植物の世話だけでなく、時には機械にも手を出す行動派らしく、少々心配そうな顔だ。


「大丈夫大丈夫。今回は赤外線センサーだけじゃなくて改良型LiDARも搭載してるからさ。障害物検知はばっちりだし、センサー類は進化的アルゴリズムで自己学習するようにしたんだ」

江夏は得意気に手のひらサイズのマイコンボードを見せる。華奢な手先が器用に配線をつなぎ直しているのが目を引く。

「……まぁ、江夏が『完璧』とか『ばっちり』って言う時は、だいたいロクなことにならないんだよな」

声を漏らしたのは北條直人だ。ゴーグルを頭に乗せたまま、細身の体を組みながら苦笑している。

ゴーグルの部分だけ黒髪がペタッと潰れていて、白衣の端にはいつものように焦げ跡が目立つ。

「ふふ、北條先輩こそ常温核融合で大失敗すること多いじゃないですか」

江夏が負けじと返すと、北條は「うるせえ」と口を尖らせる。ここぞとばかりに桐島がクスリと笑みを漏らす。


そこへ、奥からそろりと近づいてきたのは柿沼隼人。

眠そうな二重まぶたが特徴で、前髪を指先でかき上げながらノートパソコンを抱えている。

「江夏くん、それ全部同期させるの? 無線モジュールの周波数かぶりとか大丈夫なの?」

「え、ああ……実は全部連動させるときはまだテスト中で、若干競合が起きる可能性が……」

柿沼にまっすぐ見つめられ、江夏が少しだけ言葉を濁す。

柿沼はマイペースに「そっか」とつぶやいて画面へ目を戻した。それでも止める素振りはない。


そんな会話を聞きつけた三津谷知久が静かに近寄ってくる。サラサラの黒髪を整え、メガネをかけているせいか、少し研究者然とした雰囲気が増している。

「江夏、あまり廊下で暴走しないようにな。あんまり大きな騒ぎになると教頭に怒られる」

「大丈夫ですよ、三津谷先輩」

江夏は腕を振りながら笑う。部長である三津谷の落ち着いた声は、どこかクールな説得力を持っているが、江夏はすでに家電ロボットのテストに夢中だ。


「何それ、めっちゃ楽しそう。ねえ、押していい? この赤いボタン」

ふと目を輝かせてリモコンを手にした凛々子が、すでにスイッチに指をかけている。「や、やめてください、凛々子先輩! まだ準備が……」

江夏が制止する間もなく、凛々子の指はカチッと赤いボタンを押し込んだ。

「えへへ、つい押したくなるんだもん! ごめんごめん、でも早く見たいし」

凛々子は悪びれた様子もなく笑顔を浮かべる。周囲は「やっぱりか!」と一斉に青ざめるが、時すでに遅し。


次の瞬間、部室の隅で待機していた小さな掃除ロボットがピッと音を立てる。

続いて、キャタピラ付きの扇風機がウィーンというモーター音を響かせ、さらに古びた電子レンジ扉を仕込んだ謎のリモコン車までガタガタと動き出した。

「わあ、いっぱい動いてる! 江夏くん、すごいじゃん!」

凛々子が目を輝かせる一方で、江夏は顔を真っ青にして舌打ちする。

「やばい、まだ制御プログラムが安定してない! とりあえず緊急停止モードに切り替えないと……」


コントローラーを操作しようとした矢先、掃除ロボットが自動ドアをくぐり抜け、あろうことか廊下へと滑り出てしまった。

「部室の外はまずいだろ! 廊下に飛び出したら……!」

藤堂省三が慌てて後を追おうとするが、扇風機もなぜか後輪を回転させて廊下へ向かっていく。しかも逆方向では、改造電子レンジ車が壁にぶつかってバックしながら、桐島の足元を巻き込もうと動き出している。


「きゃっ、危ない!」

桐島は急いでツタの鉢を抱えながら飛びのく。彼女のエプロンがひらりと舞い、ツタの切り落とし用ハサミがカチャンと床に落ちる。

どう見ても掃除ロボットより危険度の高い改造が施されているらしく、不気味な音を立てて突進するその姿は、もはや家電の面影など微塵もない。


「江夏くん、止まらないよ! これどういうこと?」

三津谷が真顔で問い詰めると、江夏はもう苦笑いと半泣きの中間のような表情で肩をすくめる。

「ここだけの話、連動モードのテストは初めてなんです。全部を同期させるために無線モジュールを増やしたら、周波数競合が起きるかもって……」


想定外の事態はすぐに現実となる。

遠くから悲鳴のような声が上がり、「あれ何だ?」と廊下を走る足音が響く。

「な、何あれ!?」「勝手に動いてるじゃん!」どうやら掃除ロボットと扇風機が廊下に突入し、思わぬ騒ぎを巻き起こしているらしい。


「しょうがない、誰か廊下の出口をふさげ! 先生、俺は扇風機を捕まえてきます!」

北條がゴーグルをさっと装着し、まるで戦場に突撃するかのように駆け出す。

キャタピラ扇風機を追いかける姿はまるでコントだが、本人は大まじめだ。

後ろから藤堂と結城も「止まりなさい!」と声を張り上げて追いすがる。


廊下では、ちょうど掃除ロボットが曲がり角で扇風機とぶつかったらしく、2台が勢い余って変な方向へ回転しながら勢いを増している。

しかも掃除機能と送風機能が連動した結果、教室のドアをピカピカ磨きながら扇風機がホコリを巻き上げるという謎の連携プレーを見せていた。

「なんでこんな芸当ができるのよ、ありがたいけど迷惑すぎる……」

結城が目を細めつつ咳き込みながら叫ぶと、北條が小型の放電装置を手にする。

「こいつで強制的にモーター回路をショートさせて止める!」

「ちょっと、本当に止まるのか? 感電は??」

藤堂が焦るが、北條は「電圧低いから大丈夫!」とゴーグルを下ろして放電装置を構える。


ただ、その理論がどこまで正しいのかは怪しい。

放電の矢が扇風機に到達する寸前、ちょうどロボットが進行方向を変えたため、代わりに放電を受けたのは掃除ロボットだった。「ブーッ」悲鳴のような電子音を響かせ、掃除ロボットは床で横転する。

キャタピラがパキッと折れ曲がり、モーターが甲高い音を立てた。

「やった? でもこいつだけか……」

ほっと胸をなでおろす北條の視界に、今度は電子レンジ車がフラリと姿を現す。

ミョーンという怪しい音とともに扇風機を突き飛ばすと、扇風機は壁にバウンドして逆方向へ弾かれてくる。


「わああ、来んな!」

北條はしゃがみ込んでギリギリのところでかわし、扇風機は廊下を転げ回って大きな衝撃音を出す。

その場に駆けつけた三津谷と柿沼が、状況を把握しきれないままロボたちを取り押さえようとするが、リモコン信号の衝突でバグが増幅しているせいか、まるで言うことを聞かない。


「やれやれ、また大惨事の一歩手前か」

柿沼は眠そうな目をこすりながら、パソコンを開いて遠隔停止プログラムを叩く。ノートパソコンの画面にはプログラムコードがびっしりで、時々ポップアップが連続で表示されている。

「……‘高圧放電を推奨します’? どんな推奨だよ」

「待った、それ前にも変な実験レシピばっかり出してたAIじゃないの? 早く切れ!」

三津谷が苛立ちまじりに声を上げると、柿沼は苦笑いして“強制終了”を実行。

すると、部室内に残っていた複数の家電ロボから一斉に動作停止の合図が伝わり、あちこちで「ガタン」「ビシューッ」という音を立てながら沈黙する。

廊下の扇風機もモーターのうなりを最後にカタリと静まり返った。


「はあ……ようやく終わったか。かなり運動量使ったな」

北條が息を切らせて腰に手を当てる。キャタピラのもげた掃除ロボや横倒しの扇風機を見ると、どれもボロボロだ。

「ごめんなさい、ほんとに。凛々子先輩が赤いスイッチを押す前に全部調整しておくべきだった……」

江夏は床にへたり込むように座り込み、情けない顔をする。

その頭を、結城がトンと軽く叩いた。

「仕方ないよ。廊下をピカピカに掃除してくれたのはありがたいし、プラスに考えよう」

「……まぁ、そうですね。なんか複雑だけど」

江夏がうなだれつつ笑うと、周囲でも「やれやれ」と笑いがこぼれ始める。


いつの間にか見物人が集まり、廊下にはクスクス笑う声があちこちで聞こえる。

校内放送で「廊下の騒ぎはいったい?」と教頭の声が入ったが、これくらいの被害で済んだのは不幸中の幸いかもしれない。

藤堂は機械パーツや粉塵の残骸を見て、深いため息をつきながらも冷静な口調を保っている。

「これで、家電ロボの危険性がよくわかったろう、江夏。それから凛々子、赤いボタンは勝手に押さないこと。いいな?」

凛々子はシュンと肩を落とし、小さくうなずく。

「うん……ごめんなさい。押さずにいられない性分なんだけど、もうちょっと自制心持つ」


その言葉に周囲からくすくす笑いが起こる。大混乱だったにもかかわらず、終わってみればどこか吹っ切れた雰囲気だ。

大惨事寸前のドタバタを、ある種のアトラクションのように楽しむのがこの化学部の気風なのかもしれない。

こうして教員や生徒会メンバーが集まり事態を収拾し、江夏の改造家電ロボは整備と再プログラミングが待つことになった。

廊下は一時期、機械くずとホコリまみれだったが、そのぶん床が妙にピカピカになったのは予期せぬ副産物といえよう。


部室へ戻った凛々子は、ついクセで押してしまう“赤いボタン”を眺めながら、今度は少し責任を感じるように神妙な表情を浮かべていた。

「次はもうちょっと、心の準備ができてから押そうかな……えへへ」

呆れながらも笑って見守る桐島や三津谷が、「でも、せっかく作ったロボを動かす場はあったほうが面白い」と口にする姿が見える。

化学部にはまだまだ未知の実験や騒動が残されているだろうが、結局のところ誰も止める気はないらしい。


校内の廊下に残った機械くずを見ると、まるで小さな戦場を終えた後のようで、掃除ロボはむしろ自分が掃除されてしまった形だ。

しかしこれは単なるプロローグに過ぎないのだろう。

家電ロボ軍団の真価は、きっとまたいつか披露されることになる。

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