第30話

升「無職になったら、いくらでも頭冷やす時間あるだろ。さっきチャマが言ったこと、たっぷり身に染みこませろ」

増「今回のことは、警察沙汰にはしないよ。負け組と違って、俺たちにはバンドのメンツってもんがあるから」



秀ちゃんとヒロの舌鋒は、まるで容赦がない。

さっき啖呵を切ったチャマは頭ごなしで格好良かったが、こっちはネチネチと搦め手で相手を追い詰めていく。


普段なら俺もこういうタイプだけど、今の2人はマジギレした上で理詰めだからなぁ…

たぶん今、相手方4人(特に例の元ベース)の頭の中には、“零”という文字が踊っているだろう。



升「チャマと藤原が……どうしたんだっけ?この2人が仲良いのは、おまえもスタッフとしてこの数ヶ月、さんざん見てきたよなぁ」

増「むしろ普段の仲良し度合いとしては、俺と藤くんも結構なもんだよ(笑)」

升「それが何だ、あの2人が付き合ってるだと?」

増「ねぇ。根も葉もない中傷で、俺たちに大迷惑をかけてくれたよね?」



いやごめん、そこは根も葉もありまくるから。

むしろ育ちすぎてて、大木が花を咲かせてる状態だってば。


…そんな気持ちが表情に表れていたのか、チャマが「余計なこと言うな」とばかりに、俺の後頭部をべしっと叩く。



升「とにかくおまえら、もう2度と俺たちの前に現れるな」

増「クビくらいで済んで感謝しろよ」



そこで、ヒロの横顔からふっと力が抜けた。

秀ちゃんの残酷とも思えた笑みも、いつもの菩薩みたいな顔に戻っていく。


相手のプライドを徹底的に叩きつぶした俺たちは、それでもなおこみ上げてくる郷愁を持てあまして、大きく息を吐いた。

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