第52話

前夜の祈祷所の様子は、帝と皇后の閨にもそこはかとなく伝わってきていた。

一夜明け、それを我が事のように喜んでいる由。



藤「…由姫。今度、弓を教えようか」

由『え?どうしてそれを?』

藤「弘から聞いた」

由『…もぅ、弘ったら』



赤く染まった頬が、愛おしむように撫でられる。



藤「なぁ?妻の友人と親しくする夫というのも、悪くはないであろう?」

由『もう!』



愉快そうに笑う帝。

寝床で転がり、身をよじる妻を楽しげに抱き寄せる。


―――そこに、聞き慣れた声が、何ごともなかったかのように響いてきた。



升「おはようございます」

藤「ぅん?…升か?」

升「他に誰がいると言うのですか。あなたと皇后さまを2人きりで放っておいたら、女官たちは毎朝戦争でございましょう」



そう言われてバツが悪そうにしている帝に、由は寝具にくるまったままクスクス笑う。



由『おはよう、升の君。弘は一緒かしら?それとも、まだ寝ていて?』

升「いいえ。弘さまは、すでに朝のお祈りを済ませておられますよ」

由『…あら…』



真面目なんだから、と拍子抜けしたように呟く由の後ろから、帝が口をはさんだ。



藤「升、朝餉はまだであろう?昨日のことも聞きたいし、良ければ我々と一緒にどうかな」

升「あ…えぇと、せっかくですが…」



そこで少し口ごもる様子に、さては弘と一緒に食べる約束なのだなと気づく。



由『ねぇ、弘は祈祷所よね?私呼んでくるわ!皆で一緒に食べましょう』

升「な、由姫…じゃなかった皇后さま!いけません、そのような夜着で出歩かれては!私が呼んできますから、まずは着替えを!」



と、もう一つの声が響いた。



弘「…由、升の君を困らせるのはやめてちょうだい」

藤「おっ、弘!おはよう。…女性装束なのか?」

弘「だって今日は“側室のお披露目”があるでしょ?私も女性として過ごしてきた期間が長いのだから、この方が気が楽だわ」

升「あぁもう…とにかく朝餉の手配をいたしますぞ。よろしいですな?」



朝の光のなか、慣れ親しんだ声が響き渡る。


それは“いつか”に似た光景。

けれど、決して過去と同じではなく。






…これから政局は新たな局面を迎える。

幕府とのやりとりも、一層難しくなるはずだ。


若い頭脳と決断力、そして協力が不可欠となるだろう。

何よりも信頼で結ばれた、4人の―――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る