十:有馬山…

第43話

御所へ戻る車の中、弘と由は寄り添って眠っていた。

憔悴しきった、しかし同時に安心しきった面持ちで。


升は隣で目を閉じる若宮に話しかける。



升「つい先ほど、従者から報告が入りました。どうやら帝のお具合が、また…」

藤「…私の元へも来ている。ここしばらく、薬師たちもその変調を訝しんでいたが…どうやら胸を病んでいらっしゃるらしい」



戦乱や飢饉が頻発し、流行病も多く、平均寿命は50年を切っていたこの時代。

胸を病むとはすなわち、冥土への招待状が来たというのと同義だ。



升「お覚悟は出来ておいでですか」

藤「何を今さら…。私は、父が唯一もうけた男子。覚悟などとうに決めている」



生まれおちたその時から、“将来帝位を継ぐ者”として扱われてきたのだぞ。

そう言って、目を閉じたまま笑う若宮。



升「そうではない。あなたが新しい帝となられること自体は、何の心配もしておりません」

藤「それは…信頼されたものだな」

升「母君を早くに亡くされた若宮にとって、帝はたった1人のご家族。差し出がましいかもしれませんが、まだ二十歳にもならぬ御自身への労りを…」

藤「升!」



弘と由を起こさぬよう静かに、それでもピシリと打つような声が響く。

あくまで真剣な瞳を見て、升は狭い車の中で出来うる限り頭を下げた。



升「申し訳ございません、余計なことを…」

藤「そうではない」

升「は…?」

藤「私はもう1人ではないということだ。ここに居るのは、将来の后と神祇官。そして近衛大将」

升「……若宮……」



あの扇を手にしながら、若宮は頷いた。

升もそれを受けてわずかに笑む。



藤「血のつながりはなくとも、私は心から信を寄せられる存在をすでに手に入れている。それは父上もご承知のことだ」

升「…ありがとう、ございます」

藤「これからもよろしく頼むぞ」

升「はい」

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