第41話

―――翌日、未明。


客と共にまどろむ由姫のもとへ荒々しく入っていく、武装の3人の姿があった。

慌てて止めようとする遊郭の主人の前に、升と弘が素早く立ちふさがる。



藤「我が名は基皇子。今上帝の第一男子であり、皇太子の地位にある者だ。先の太政大臣・直井家の姫がこちらにいると聞いて来たのだが」



静かだが有無を言わせぬ言葉、そして鋭い眼光。

建物の周りを囲む近衛隊の存在感も手伝って、まさしく威風堂々たる迫力だった。


客たちは恐れをなして逃げ出す。

安布団の上に残されたのは―――



藤「…由姫」



肌をさらし、髪は乱れ、着物が脱ぎ散らかされ…あられもない“貴族の姫君”の姿だった。



由『いや…。いやぁあーっ!!』



喜怒哀楽のすべてが、いやそれ以上の何かが、叫びという形をとって一気に溢れ出す。

混乱しきった瞳は乾いたままで、それがかえって売られてからの過酷さを物語っていた。



藤「大丈夫、もう大丈夫だから!怖がることはない…落ち着いて!由姫、私だ!」

由『いやっ…、離して!見ないで!』



どんな言葉をかけようと、きつく抱きしめようと、その抵抗は収まらない。

おそらく彼女は、相手が“藤の若宮”だと認識したうえで、なお拒んでいる。


真っ先にそう理解したのは、若宮と升の後ろで成り行きを見守っていた弘だった。






藤「…わかった。もう私とは一緒に居られぬと言うなら、いくらでも拒否すれば良い。しかしこれだけは覚えておけ」

由『……?』

藤「私が惚れた相手はそなたしかいない。ゆえに、そなたを御所へ連れて帰れずとも、ここからは必ず助けだそう」

由「…私のような者に、…そんな…」



うっすらと涙が戻ってきた由姫の瞳。

若宮は、その髪からそっとかんざしを抜き取る。



藤「嫌うなら嫌え。私がその分好きでいよう」

由『……っ……、若…宮、さま…!』



今度こそ、泣き声とともに自ら抱きついてきた由姫。

若宮もそれをしっかり受けとめる。



由『…あなたにこんな姿を見られるくらいなら、自害しようと考えておりました…』

藤「やはりそうか。だから、さっき危険物は撤去させてもらったのだぞ?」



昇りつつある朝陽に透ける、美しいかんざし。

この世に絶望した苦界の遊女たちが、もっとも身近な自死の道具として使ったもの。

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