第40話

その時、由姫の瞳に強い光が宿った。



由『いけません。それだけは駄目です!将来の帝が、こともあろうに遊女を娶るなど!』

升「な…何を仰る!あなたは太政大臣の遺された、たった1人の姫君ではないか!」



泥のような眠りに堕ちかけていた升も、驚いて目を開き、強く反論する。



升「どう考えてもあなたは被害者だ。若宮もそれを公にはせず、ずっとあなたを守り続けるだろうし…」

由『でも、どこからかその話が漏れたら?たとえ一時であれ、遊郭に身を堕としていた女を…と。そのような帝に、誰が従うと言うのですか』



肩を震わせ、唇をおののかせ、由姫は言う。

心配するのは我が身ではなく、ひたすら若宮の被るであろう不利益について。



由『絶対になりません!若宮には、私が見つかったとは言わないで!ただでさえ政情不安で、皇族の皆様方はお悩みでいらっしゃるのに…。これ以上、あの方を苦しめるわけには参りませんわ!!』






―――丸一日が過ぎても、由姫は頑として動こうとはしなかった。

いくら金を積もうと、あるいは武力を行使しようと、肝心の本人がこれでは…


痛む頭を抱えたまま、升は帰路につく。

道中いやでも思い出すのは、燃える増川邸で見せつけられた、弘の頑固さ。



升「まったく…弘さまといい由姫といい、そうまでして若宮のことを…」



我が身にかえてもあなたを守ろうとする。

果報者とはあなたのことですぞ?






御所の正門まで迎えに出た若宮に、升は黙って頭を下げた。双方とも表情はかたい。

それもそのはず、誰よりも帰りを期待されていた女性が、伴われていないのだから。



藤「…ご苦労だった、升の君。…して、…探していた者はどこに?」

升「…お会いしました。確かにあの御方は、伊勢の南方に位置する遊郭におられました」

藤「では何故!おまえはいったい何をしていたのだ!女郎屋ごと買い占めても構わぬから必ず連れ戻せと、あれほどっ…!!」

升「申し訳ございません!しかし由姫さまご自身が、何としてもあなた様の元には戻りたくないと…」

藤「…何?」

升「“若宮にだけは絶対に自分の居場所を言わないでほしい”…姫は、そう仰せでした」



不意に、横から白く細長い指がのびてきた。

若宮に掴みかかられて乱れた升の襟元を、やわらかく正す。



弘「それは本当ですか?升の君」

升「ひ、弘…さま…」

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