第37話

鬼神のごとく剣をきらめかせる2人の活躍により、その場はようやく静まった。


一体どれほどの賊を斬ったのか。

皆、疲労がどっと表出してくる。


「負傷者は」と振り返った升の目に映ったのは、近衛兵たちが慌ただしく介抱する侍従の姿だった。



升「なに…!?」



背に大きな裂傷。腕にも深傷が見える。

涙すらこぼしていないその瞳は、おそらくもうほとんど光を捉えられないのだろう。



升「おまえ、何故このような無茶な戦い方を!」

高「…升の君…これを…」



差し出されたのは、先ほど升が守ろうとした荷物。



高「あの扇だけは守ってございます。直井家と増川家の想いを、どうか…どうか由姫さまにっ」



愚かな。なんという愚かな。

たとえ自らの始末をつけるにせよ、死ぬということ以外に手段はなかったのか!?



高「早く!お急ぎください!こうしている間にも、あの御方は客を取らされている…。それも貴族に対する辱めのため、特に粗野で品のない男たちばかりを!」



死に瀕した者の語気は、この上なく荒い。

升は涙をこらえて、その肩を抱いた。

その手に、小さくたたんだ書状が握らされる。



高「これが、姫君の売られた女郎屋にございます。場所はここからさらに南、岸辺の…」



ごぼり。鮮血があふれる。



升「もう喋るな!わかったから!」

高「いいえ今一度!…この程度で私の裏切りが許されるとは思っておりませんが、なにとぞ…!」

升「…では、もう1つだけ教えろ。そなた、まさか側近としての立場を利用して、若宮にまで何か罠を仕掛けているのではあるまいな?」



そう聞いた途端、場違いなほど晴れやかで自信に満ちた笑顔が升の眼前に現れた。



高「どうか御安心を…。それだけは絶対にございません。いかに矛盾に満ちたままこの生が終わろうとも、若宮さまへの忠誠だけは」

升「………そうか」

高「では…これにて」



心残りがあるとしたら、1つだけ。

藤の若宮さまが帝として即位し―――そして由姫さまがこの国の皇后となる日を、見たかった。

そんな平和な世に、生きたかった。



そう言って、若宮の側近は力尽きた。

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