第36話

それは先日若宮の側近となった、あの。



升「ありがとう、助かった。しかし何故ここに?若宮の側仕えは…もしや、あの方に何かあったのか?」

高「いいえ、誰の恣意も働いてはおりません。偶然通りかかったものです」

升「………偶然?」



朝廷に仕える身で、はるばるここに?

そう聞こうとした時、敵方が再び襲ってきた。



高「升の君、早くこちらへ!」



大樹の陰で姿勢を低くし、「剣を」と渡される。

その鞘には、直井家の家紋が見えた。

―――じわじわと肌が粟立つ感触。



升「おまえ…これをどこで手に入れた」

高「………ご想像のとおりかと」

升「貴様っ!」






月明かりに浮かび上がる家紋を見つめながら、升はようやく事態の全貌を理解した。

…今の今まで、裏切り者は近衛隊の中にいるのだとばかり思ってきたのに。

朝廷側とはいえ、武に関わる者の所業だと。



升「由姫はどこだ。おまえも若宮付きなら、彼女がどれほど大切な存在かわかるであろう?」

高「わかっているからこそ!」



しかしまさか、貴族が…それもあろうことか、皇子の側近として選ばれた人間がそうだったとは!!



高「わかっているからこそ、私はこのような矛盾した行動をとってしまったのです…!」



朝廷と幕府をつなぎ、直井家襲撃の裏で暗躍した内通者。そして今は、売られた由姫の見張り役。

それが升の危機を救ったのは、まさに矛盾だ。



升「何故裏切ったか言え。おまえは腐っても高橋家の息子ではないか…誇りはどうした?」

高「誇りで食えれば苦労はいらない」

升「金か」

高「そういうことです」



その時、賊と近衛兵たちの大声が聞こえてきた。



升「まずい…!」



2人、はじかれたように前線に飛び出す。

剣を振るいながら、彼は叫んだ。



高「朝廷の権威は地に落ち、俸給は下がり、それも滞る一方!一介の侍従ごときで老いた両親をはじめとする身内を養うのは、到底無理な話だ!」

升「しかし、それでも…どうして!他に方法はなかったのかっ…!!」



自分にはどうすることも出来なかったこととはいえ、升はそう叫び返した。



―――昨今、めぼしい財産を持たない中流以下の貴族は特に凋落が激しく、武士はおろか商人たちからも侮られていると聞く。

幕府側の示す大金に目がくらむのも、無理はないということか…。

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