第35話

―――伊勢へと急ぎながら、升の胸中は焦燥感でいっぱいだった。


内偵担当の従者から、既に報告は受けている。

おそらく由姫は伊勢のどこかにいるだろう。武士相手の遊郭の、どこかに。


…かなりの数があるはずだが、しらみ潰しに探していくしかないか…。

しかし、できるだけ多くの近衛兵をつぎ込んだとしても、目星も付けずに片っ端からというのは効率が悪すぎると思う。



升「そもそも、海千山千の女郎屋どもが、攫ってきた姫君の居場所をそう簡単に吐くとも思えんし…」



だからといって、“人物の同定”という名の実力行使に出る訳にもいくまい。

遊女1人1人の顔を確かめようと踏み込めば、必然的に客の顔も見ることになる。

そんな扱いを受けた武士たちが「無礼だ」と暴れ出せば、事態はますますややこしくなるはずだった。



升「…やはり、由姫のそばに居るであろう“見張り役”を探し当てるしかないか」



朝廷に仕える身でありながら幕府側に内通し、この事態を招いた人間を。







そうこうしているうちに、日が暮れてきた。

次の宿場まではまだだいぶ距離がある。


街中ではないため、夜盗が出るかもしれない。

わずかな時間も惜しいが、ここはひとまず、馬を止めるしかないだろう。


火を起こし、野宿の準備をしていたその時。

…複数の人影に取り囲まれた。



升「何者だ」



身構えてそう聞くが、返事はない。

ゴロツキのような風体の男たち。



升「…あいにくだが、我々は人を探している身。金も命も、ここで失うわけにゆかぬ」



そう言って刀を抜いた瞬間、相手もいっせいに襲いかかってきた。

人数ではほぼ互角だが、こちら側の主戦力である近衛兵は“実戦経験”に乏しい。

しだいに押されてくる升たち。



升「あっ…待て!それは!」



荷物の一部が持ち去られかける。

その中には、弘から預かった扇が入っていた。


必死でそれを守ろうとするあまり、一瞬の隙を見せる升。そこに、敵の太刀筋が閃いた。



―――これまでか!!



そう覚悟して、反射的に目をつぶる。

が、しかし。次の瞬間、自分ではなく相手が地に倒れる様子がうかがえた。



升「……?」



状況が飲み込めず困惑する升に、「升の君、ご無事ですか!?」と声がかかる。

その声は、たしかに聞き覚えがあった。



升「侍従の…高橋家の息子か?」

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