八:あふことの…

第34話

升の君が御所を去ってから数時間後。

直井邸で行われる葬儀の打合せのため、若宮は弘の部屋を訪れていた。



弘「…こちらが、通知を出した家の一覧です。祈祷所は、なるべく中が見えないような作りにしますから…。位置も、皇族席の隣ということで…」

藤「それにしても驚いた。升の行動原理は、本当に一貫しているな」

弘「…はい?」



うつろな目が、若宮を見る。



藤「自らに付随するすべてが、弘の相手としては相応しくないと考えたのだろう?もちろん、弘の神祇官としての将来も慮ったのだろうが」

弘「私の…ため?」

藤「あれは幼い頃からいつもそうだった。誰に気づかれずとも、ひたすら弘に不利益がないよう立ち振る舞っていた…」



涸れたはずの涙が、またこみ上げてくる。



弘「私は、…私は、自分でもわかっていなかったのです。これまで身内や家屋敷を失っても、私が正気を保ってこられたのは…、あの方が見守っていてくれたからだと…!!」



わっと泣き伏す弘。

若宮はその背に手を伸ばしかけたものの、迷った末にそっと引っ込める。



藤「……。泣くな…」

弘「…由が見つかったら…っ、本当に升の君も帰ってきてくださるのか…」



どうしても悲嘆は止まらない。

若宮に心惹かれる自分を見てもなお、好きだと言ってくれた人。

何の見返りも求めずに大切に想ってくれる存在というのが、これほど自分を支えてくれていたとは。



藤「自分の命にかえても、由姫のことは必ず見つけ出す。升はそう言っていた」

弘「…そうですね…今いちばんつらい思いをしているのは、由ですものね…」



儀式に関する書面を見つめ直した。

失恋ごときで泣いている場合ではない。

由姫の命がかかっているのだ。







―――同じ頃、伊勢の某所にて。


「ほら、立て!出ろ!」


粗末な車から追い立てられるように出てくる、由姫の姿があった。


「へーえ…これが例のお姫さんか?」


下卑た目つきで、上から下までなめまわすように見てくる男たち。

不安でたまらないが、必死で涙をこらえて、心の支えを呟く。




由『若宮…弘、升…』

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