第31話

藤「…ともかく、まずは由姫の行方を。その場で殺めず連れ去ったということは、高貴の出として売られる可能性が高いはずであろう」

弘「…遊郭…ですか」



思わず眉間にしわが寄る。

しかし、女人の売買で真っ先に考えられる場所といえばそれしかない。



藤「京一帯か、街道沿いに東か…」

弘「海路をとって西へ行った可能性は?最近は密貿易が盛んで、人買いも横行していると言うし」

藤「しかし、まだ連れ去られてから長い時間は経っていない。やはり都付近では?」

弘「そんな近場では、すぐ噂になるでしょう。少なくとも京は離れると考えた方が…」



論が行き詰まりかけたその時。

それまで下を向いて目を閉じたままだった升が、口を開いた。



升「…伊勢かもしれません」

藤「伊勢?」

升「神宮周辺は、身分の貴賤を問わず参詣客が多い。当然、武士相手の遊郭もございます」

弘「…そこに太政大臣の娘が売られたとなれば…積年の身分差への恨みも込めて、思う存分いたぶることが出来ると?」



見る見るうちに、弘の表情が険しくなる。

若宮は升に向き直った。



藤「升家の跡取りに問う」

升「はっ」

藤「そなたの父を筆頭とする近衛隊の忠誠と功績は、これまで疑うべくもない。しかし今回の直井邸襲撃は、明らかに幕府と朝廷双方に密通者がいると考えられる。そうだな?」



正確には、幕府側が朝廷側をそういった疑心暗鬼に陥らせることによって、貴族たちの内部分裂を狙っているのだろう。



升「私も概ね同意でございます。わざわざ近衛隊の旗を掲げて、直井邸に乱入するほどですから」



皇族・貴族の権威失墜を狙った、幕府側のなりふり構わぬ攪乱作戦。

しかし事もあろうに、そんな刹那的な甘言に乗ってしまう近衛兵がいたとは…。


おそらく裏切り者どもは、“升家の若君”が直井邸からいなくなる時を狙って、行動を起こしたに違いない。

このような最悪の形で朝廷を傷つけてしまって、何が総大将だ…!!

怒りと恥辱が、升の胸中で渦巻く。

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