第30話

藤「そんなに驚くな。冗談だ」

弘「藤が言うと、冗談に聞こえません」

升「まぁまぁ…」



そんな束の間の平穏の最中。

その報は、またしても突然もたらされた。



「若宮さま、大変でございます!たった今、太政大臣邸が…直井家のお屋敷が、何者かの襲撃を受けているとの知らせが入りました!」



―――3人の笑顔が、凍りついた。







にわかに騒がしくなる御所内。

臣下では最高位である太政大臣の屋敷が襲われたとなれば、もういつ誰が狙われてもおかしくない。

気の小さい下級官吏など、職を辞して京から逃げ延びる算段を始めている有り様だ。



升「それで、大臣は?奥様や由姫は…」



目の前が真っ暗になったかのような若宮に代わり、升の君が受け答えをする。

升家は近衛大将の家柄であり、こういった場合は最も頼りになるのだ。…が。



「直井の大臣と奥方は、賊の手にかかり、無念のご最期を…。姫君は、その後さらにやって来た荒くれ者によって連れ去られてしまったとのこと…!」



それは、あまりにも残酷な知らせだった。



弘「嘘!そんなことが…!」

升「何ということだ…!!」



その瞬間、それまで沈黙を守っていた藤の若宮がすっと立ち上がった。



藤「賊の正体は、まったく掴めぬのか?…升、すぐに由姫の行方についての情報を集めよ。近衛隊はそなたの自由に使って良い、急げ!」

升「承知」

弘「わ…若宮…」

藤「直井の大臣と奥方の葬儀は、皇太子の名をもって盛大に取り計らう。弘、儀式の準備は任せたぞ」



その冷静な話しぶりに、それまで涙ぐんで震えていた弘もハッと息をのむ。



弘「…わかりました。“直井家の遠縁”の名誉にかけて、立派なものを御覧に入れます。幕府側の諸家にも、通知を出しましょう」

升「良い覚悟ですな、弘の君」



うなずきあう3人。



―――そこへ、新たな報が舞い込んだ。




「お知らせいたします!直井邸に乱入した賊のうち、一部は近衛隊の旗を掲げていたとのこと!未確認ながら、近衛総大将、升家直属の一隊の可能性がございます!」




…3人の視線が、揺らいだ。

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