五:あひみての…

第21話

升の君と弘姫が御所へたどり着いた頃には、もはや夜明けも間近だった。

一睡もせずに待っていた若宮は、2人の姿を認めるなり走り寄ると、「よく無事で」と涙をこぼしたという。






数日後、升の背中の傷も癒えかけた頃。

いまだ御所内で寝たり起きたりを繰り返す弘姫の枕元に、若宮がやって来た。



弘「…藤…」

藤「あぁ、起きなくていい。今日は、そなたの今後のことについて話をしに来たのだ」

弘「私の…今後?」



目を伏せる。

親兄弟も家も財産も失い、幕府の目がある以上神祇官として生きる道も事実上閉ざされた自分。

これから先、一体どんな生き方があるというのか。


祈祷ぐらいしか取り柄のない姫一人、もはや出家してどこかの寺院に身を寄せるしかないのでは…

尼姿となってしまえば、しぜん俗世間とも疎遠にならざるをえない。

そうしたら、若宮や升の君、そして由姫ともこのまま…



藤「増川の人間、しかも跡継ぎである弘が唯一生きのびたと知れれば、いつまた危ない目にあうかわからない。太政大臣の屋敷に住まうよう手配した」

弘「太政大臣?直井さまの元へ…!?」

藤「大臣は二つ返事で承知してくれたぞ」



尼寺送りも覚悟していた弘姫にとって、それはあまりに意外な言葉だった。

ほっとしたような困ったような気持ちは、直井家の一人娘を意識してのもの。



藤「あの夜以来、由姫と話をしたか?」

弘「…いいえ」

藤「私もしていない。もっと言ってしまえば、文も贈り物も何もしてはおらぬ」

弘「えっ、そんな…やはり私のせいで?」



泣きそうに顔をゆがめる弘姫の手をとり、「そうではない」とささやく若宮。



藤「私の由姫への想いは変わらぬ。そして、由姫と弘が元通り仲良くしてくれればと願う気持ちも同じだ」

弘「そう…ですか」



わかりました。お心遣いに感謝します。

つぶやくような声でそう言った弘姫をそれ以上疲れさせないよう、若宮は早々と自室へ退出した。






升「お帰りなさいませ。弘姫さまの様子は、いかがでございましたか」

藤「…うーん…率直に言えば、良くは見えなかったな。相変わらず顔色も悪いし、女官たちの話ではあまり物も食べぬと言うし」



それを聞いた升は、まるで彼自身が傷ついたかのように表情を曇らせる。



升「たしか、昨日診せた薬師は、気の病ではないかとも申しておりましたが…?」

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