第20話
升「…姫?あ、あなたは…」
そこにあった裸身は、想像していたような女性のものではなく―――
戸惑い、言葉を失う升に向かって、弘は静かに微笑む。
弘「私は男性です。神祇官の跡継ぎは、魔除けのために幼い頃から性別を偽って育てられるのです。両親以外で知っているのは、帝や若宮だけ…。どうかあなた様も、他言はなさらぬよう」
不意に、藤の若宮の言葉を思い出した。
“たとえ神祇官家の後継者でなかったとしても、私が弘姫を愛することはない”
彼がああ言っていた理由はこれであったか…
その時、再び風向きが変わった。
火の色が執拗に迫ってくる。
升「姫、とにかく何か別のものを着て。ここから逃げなければ」
弘「いいえ。どうせもう、増川の人間は生き残ってはいないのでしょう。私もここで果てます」
升「何をバカな!」
弘の顔には、それまで見せたことがないくらいの頑固さが浮かんでいた。
弘「…私は…次の神祇官として選ばれた身でありながら、あのような噂を立てられて。自分だけならまだしも、若宮の名誉まで。そして世間だけならまだしも、由姫からの信頼まで失ってしまって!」
升は無言のまま、むりやり弘に着物をかける。
弘「私が死ねば全て片付くのです。どうかこのまま、屋敷とともに…私の家族とともに、燃やしてくださいませ!!」
この時、升が我を忘れたかのように弘の頬をぶったのは、どういった想いからだったのだろうか。
升「…失礼。その声は、変声期ですかな」
弘「ぁ…」
升「偶然とはいえ、今あなたの秘密を知った。そのことを喜んでいる自分がいます」
弘「えっ?それは、どういう…」
どのような状況であれ、恋とは止められぬもの。
升「名誉のために死したあなたと、生きて笑うあなた。私がともに在りたいのはどちらであるかなど、考えずともおわかりであろう!!」
弘「…升…」
升「ここであなたを見殺しにすれば、私は一生後悔する」
弘「………」
升「私のわがままに付き合うと思って、どうか救われていただきたい。…さ、お早く」
そう言って、着せかけた着物ごと抱きかかえる。
弘姫はもう抵抗しなかった。
―――その日、神祇官家で生き残ったのは、弘姫ただ1人であった。
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