第19話
炎が渦巻く邸内をひた走る。
目指すはただ一つ、屋敷の奥に位置する、弘姫の居室だ。
途中で、人の姿を何度か見かけた。
が、それはすでに生者ではなく。
子供の姿もあった。
血のつながりはないとは言え、弘姫の弟妹たちに違いない。
…手を合わせる余裕もなく、さらに足を速める。
升「弘姫、助けに参りましたぞ!」
必死の声も、どこまで届いているかわからない。
うねるように勢いを増す火柱と、天井から降ってくる火の粉。
升「姫、弘姫!!どうか返事を!!」
どうか無事でと願いながら、煙にむせる。
と、その時。廊下のすみにある物置から、わずかに咳き込むような音が聞こえてきた。
升「誰かいるのか!?」
引き戸を思い切り開く。
そこにいたのは、白い手や顔が煤で染まった…しかし、紛れもない弘姫であった。
升「あぁ、ご無事か…!私です、わかりますか?わかりますね?」
こくりとうなずくその瞳から、一筋の涙がこぼれた。
さらに咳き込む弘姫。
升「ここに籠もって、敵襲を逃れたのですか」
弘「………」
升「姫…、もしや声が出ないのでは?」
次の瞬間、突然風向きが変わった。熱風が2人を襲う。
とっさに弘姫を抱きしめた升はまともに背中を焼かれ、顔をしかめた。
弘姫の着物にも炎が燃え移り、あっという間にその華奢な身体をなめるように覆っていく。
青い絹の上着を夕陽のような熱が浸食していく様子は、この世のものとは思えない美しさだった。
升「姫、早く脱ぐのです!恥じている場合ではない、脱がねば焼け死ぬ!急いで!」
弘「升の君…」
升「…?」
それは、いつもの鈴のような弘姫の声とはまったくの別物であった。
ひどくかすれた…重い風邪のような、しわがれ声のような。
不審そうに目を細める升を前に、弘姫は静かに目を閉じた。
焼けゆく青い着物を脱いだその全身は、周囲の炎に照らされて異様な輝きを放っていた。
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