四:君がため…
第18話
逃げるように増川家を出た車は、直井家に帰り着いたまま、一度も動かされていない。
御所に戻った若宮も、公務以外で自ら何かをする気配は見せなかった。
弘姫もあれ以来、なにかと理由をつけては屋敷の内に引きこもっている。
…ひとり升の君だけが、いつもどおりに振る舞っているように見えた。
少なくとも表面上は平静に見える日々。
―――あの夜から七日後。
その報は、突然もたらされた。
「皇太子さま、大変でございます!神祇官家が…増川さまのお屋敷が、焼き討ちにあっております!」
皇族貴族の世界とはまた別のところに存在する、けれど内部の入り乱れ具合は本質的には同じであろう、幕府や武家の権力争い。
次の将軍選びと、それに絡んだ武士たちの思惑…出世欲や名誉欲の露呈。
幕府内における派閥間の争いが、今、いっきに水面下をこえた。
長くくすぶり続けていた火種が―――
藤「どういうことだ!武家同士の争いで、なぜ神祇官家を狙う必要がある!」
升「…祈祷は、将軍就任に必要な儀式ですから。次の将軍が誰になるかはまだわかりませんが、祈祷の出来る人間さえいなければ、少なくとも就任式自体を先延ばしにすることが出来るでしょう」
藤「何だと…!すると幕府の連中は、増川一族を皆殺しにするつもりなのかっ!?」
だとしたら、次の神祇官として世間に認められている弘姫は、おそらく真っ先に…
火を噴くかのような升の視線に、若宮が怒鳴るような命令でこたえる。
藤「何をグズグズしている、今すぐ行け!手段は問わぬ、総力を挙げて増川の人間を救うのだ!!」
升の君をはじめとする近衛隊が増川邸に到着したとき、あたりはすでに火の海だった。
幕府で何度も見たことのある高位高官の武士たちが指揮をとり、なおも火の付いた弓矢を雨あられと浴びせかけ続けている。
―――屋敷から逃げだそうとした召使いが、容赦なく斬り捨てられるのが見えた。
升は鎧兜を身体から外した。
従者の制止を振り切り、屋敷の裏へ馬を走らせる。
思ったとおり、そこは幕府側の兵の目を逃れていた。
つい七日ほど前まで、若宮とともに使っていた、秘密の出入り口。
升「弘姫…!」
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