第8話

同じ頃。御所内の一室で、月を眺めながらくつろぐ由姫・弘姫の姿があった。

式典の後、後宮で行われていた女性だけの宴に出席し、帰りそびれたものとみえる。



弘「由。若宮さま、とても素敵だったわね」

由『ええ…。一緒に遊んでいた頃とは大違い』

弘「そんな、5年以上も前の記憶と比べたら、誰だって違うに決まっているでしょう」



男女差があまりないような小さい頃であれば、皇族・貴族の子供たちは一緒に過ごすことが多い。

遊び、学び、仕え、喧嘩をし、悪戯をして、共に成長していくのだ。



弘「ねぇ。太政大臣さまは、やはりあなたと皇太子さまを結婚させるおつもりで…?」

由『それはただの噂でしょ!しかも、張本人の私ですらはっきり知らないほど曖昧な!』

弘「…そうね。ごめんなさい。不躾なことを聞いてしまって」



由姫の手にした琵琶の音が、空気を震わせる。



由『私のことより、あなたはどうなの?』

弘「え?」

由『私はてっきり、あなたが升の君を好いているのだとばかり思っていたわ』

弘「…それは由の早とちりよ。たしかに私たちは幼馴染みだけれどね」



弘姫が爪弾く琴が、軽やかに響いた。



由『そうなの?』

弘「…流鏑馬の時におかしな態度を取ってしまったことを言っているのだったら、違うわ」

由『でもあの時、顔を赤くしていたじゃない』

弘「いいえ。本当にそういう意味ではないの。…それに、もし仮にそうだとしても」

由『だとしても…?』

弘「私は、神祇官家の跡継ぎですから。恋も結婚も許されてはおりません…」



その言葉に、由姫は黙って目をそらす。


“神祇官たる者、生涯その身を清廉に保ち、人より神に近くあるべし”。


それは不文律でありながら、絶対の掟だった。








その夜。由姫が寝入ったのを見計らって、弘姫はひそかに部屋を抜け出した。

向かった先に待っていたのは―――



弘「皇太子さま」

藤「…弘か?」



―――藤の若宮、その人であった。

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