第6話
結局、車が春日大社に着いたのは、流鏑馬の開始直後のことだった。
美しくしつらえた御簾の内で、弘姫はいかにも大貴族の娘らしく、扇で顔を隠しながら見物している。
いっぽう由姫は、通りかかる若武者を呼び止めては、弓矢の扱いや乗馬のコツなどを聞きまくっていた。
そんな折、御簾のそばに現れたのは。
由『ねぇあなた。今の栗毛の馬は良かったわね、どこの何という馬なの?』
升「はっ?」
由『あなたの弓は、他のものより小さめだわ!触らせてもらえないかしら?』
升「は…はぁ…」
近衛大将・升家の長男であった。
まさか姫君自ら話しかけてくるとは思っていなかったようで、受け答えもそこそこに逃げるように立ち去ってしまう。
由『あら、行ってしまわれた…。ねぇ弘、今のは大将家の若君よね?私たちと同い年の』
弘「……えっ?」
由『どうしたの、ぼぅっとして。もうお疲れなの?早めに局へ行く?』
弘「あぁ…いいえ、大丈夫」
頬をそめた弘姫を不思議そうに見つめる由姫だったが、それも僅かな時間に過ぎなかった。
由『あ!ねぇ、次は皇族の皆様方が射るようよ。馬を見ているだけでも素晴らしいわ!』
そんな賑やかな流鏑馬が終わった後。
升の君は、側近として仕えている皇子のもとで、食事をともにしていた。
藤「今日は神祇官家の車も来ていたようだな」
升「…やはり、お気づきでございましたか」
藤「弘姫か?」
升「さよう。それと、もうお一方。太政大臣家の姫君もご一緒の様子でした」
藤「…ほほう…」
少々着崩した正装に、ほんの酒一杯あおっただけで酔ったような瞳が艶めかしい。
藤「たしか、由姫と申したか…」
升「よく覚えておられる。さすがは幼少の頃より神童と謳われた若宮さま」
藤「よせ」
そう言いながらも、普段から近くにいる者同士の気安さ、つい笑いがこぼれる。
―――彼は現帝の子のうち、唯一の男子。
この秋には立太子の礼を控えた若き皇子、藤の若宮であった。
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