一:忍ぶれど…

第2話

「姫さま!由姫さま!」

「駄目です。こちらにはいらっしゃいませんわ」





花の都、京。

太政大臣・直井家の屋敷では、朝から女房たちの声が飛び交っていた。



「あ、あなた由姫さまを見かけなかった?」

「いいえ。私は存じませんが…」

「あぁもう、まったく!」



年かさの女房が眉をつり上げて探しているのは、太政大臣の一人娘、由姫。

この正月に数えで14歳となり、ようやく成人を迎えたばかりである。



「姫さま、どちらにいらっしゃるのですか!神祇官家の御車がお着きですよ!」

『え?弘ときたら、なんて気の早い…』



友人の訪問を知った途端、それまでかくれんぼのごとく逃げ回っていた由姫が、庭の片隅からひょこっと顔を出した。



「あっ、そんな所にいらしたのですね!?もう子供ではないのですから、むやみにお庭に出てはいけませんと、あれほど申し上げているのに…」

『藤の花がこれほど美しく咲いているのに、惹かれるなと言う方が無理ではないかしら』



すねたような表情でそう言いながら邸内に戻ってくる様は、女性の目から見ても可憐である。

やわらかい髪と薄手の装束が、光を受けてふわふわと揺れた。

そこに、別の女房が案内してきたのは…



「由。そんなに皆さんを困らせるものではありませんよ」

『あ!いらっしゃい!』

「久方ぶり」



まだ幼さの残る由姫とは対照的に、すらりとした容姿。そしておっとりと優雅な物腰。

神祇官・増川家の数多い子供たちのなかでも、ひときわ“美人”と評判が高い、弘姫であった。

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