後日談
特記案件一八四号・バー『ドミニク』事件が終結してから最初の週末。安倍と白峯は行きつけの焼肉屋である『ぷろめてうす』で事件解決祝いの食事会をしていた。もちろん、安倍の驕りである。
ネギが山盛りにのったタン塩を嬉しそうに口に運ぶ安倍を見て、白峯は思わず失笑する。
「なに笑ってんだよ」
「想像以上にアホ面だったから笑ってしまった。すまない」
「はいクソ失礼」
白峯は箸で自身を差して口をへの字に曲げる安倍の取り皿に、スッと特上カルビを置く。それだけで安倍の機嫌はよくなった。白峯は単純な男だと内心で失笑した。
安倍は特上カルビを白米の上で数度バウンドさせてハフハフと頬張りながら、白峯に事件の顛末を伝え始める。
「ドミニクのマスター、結局どこのだれかはわからなかった。まるでいきなり現れたみたいにドミニクの前のマスターの家に住みついたそうだ。だがな、あの鬼マスターの皮を調べたら、こっちは色々わかったぞ」
「皮が存在するならば被害者がいるのは至極当然ではあるな」
白峯は新たに届いたホルモンを網の上に広げ、肩肘をついたまま、どうでもよさげに答えた。安倍は「相変わらずだな」と苦笑いし、網の端に避けられた若干焦げた玉ねぎにタレをつけて口にした。
「皮のもとは青森の田舎で小学校の教師やってた男だった。昭和の四十四年だったかの大雨、えー、なんだっけかな災害名がついてたんだが」
「青森祥倫地区豪雨災害」白峯はそらで言った。「堤防の決壊で一部の村が壊滅的な被害を受けたはずだ」
「それそれ。そんときに住んでる村が被害を受けたって聞いた小学生を追いかけて外に出た男にそっくりだって証言が出た。写真で確認したが、顔自体はほぼ本人。時間が経ちすぎてるから確証は得られないが、その男だろうって上にあげた報告書には書いてある」
「鬼が現れた経緯には大して関係がないとはいえ、おざなりな捜査ではあるな」
白峯は鼻で笑い飛ばした。安倍も苦笑していう。
「そういうなって。豪雨災害で村一つ消えてんだからどうしようもない部分もあるのっ」
安倍はそういって、少量の白米を消費した丼の中心に窪みをつけて溶き卵を流す。そして、その周囲に焼いたホルモンを盛り付けてホルモン丼を作った。白峯は既に二杯目の丼を食べようとする安倍に心底呆れつつ訊いた。
「始末としてはどうなる」
「鬼の死体は国の研究所に送られた。特記、つまりは超常による細菌やウイルスを使った犯罪に対するカウンターを研究し、国家の安全を護るために必要な行為だとよ」
「理解はできるが、心は納得できないか」
「おお、気に食わないけどな。必要なことだって理解はしてるんだからいいんだ」
無精ひげについたタレをナフキンで拭いながら納得している表情で安倍は言い切った。
「常連の奴らはどうしたんだ」
「モヒートさん、シンガポールスリングさん、ブルームーンさんはご家族に詳細を伏せて凶悪犯による連続殺人だったとカバーストーリーを流した。こんなときのために極秘裏に確保しておいた凶悪犯に罪をかぶってもらってな。無事だったソルティドッグさんとXYZさんにも重要なことは告げずに日常に戻ってもらったよ」
「そうか、退魔師協会はどうした」
「それがよ、御上がブチ切れてなぁ。協会を敵視しているフリーの陰陽師や呪詛使いなんかに退魔師協会関係者の名前や住所を教えちまってさ、裏では血まみれの殺し合いしてるってよ」
「食事時にする話ではないな」
「ちげぇねぇ。ああ、そーいやよ。出世することになったわ」
安倍から不意に出た言葉を聞いて白峯は噎せ返る。
「なんだと?」
「おまえとさー、関わりがあるっていうんで特例で警部に昇格して警視庁捜査一課所属特記遊撃係だとよ。公安の滋丘さん曰く、平時は暇だが特記案件の可能性が出たら各課と連携して真相を暴くのが役目だってよ。面倒になったときはアドバイス頼むわ」
調子よく自らを頼ろうとする安倍の発現に、白峯は眉間へと青筋を浮かべて箸を叩きつけて吼える。
「断る」
「断ることを断るっ」
子供のような返しをする安倍に、白峯は大きく大きく溜息をついた。
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