「真実」

「鬼は、おそらくバーに退魔師である刀岐何某が現れるまで能動的に人を襲ったことはなかったのではないかと、私は推測している」


 つるりと事実を告げるようにさっぱりとした言い口で、白峯は食後のアイスコーヒーを啜りながら持論を展開する。


「理由は数あるがまず一つ。引っかかったのは殺し方だ」

「ああ、あの胴体雑巾絞り真っ二つ」

「言い方」白峯は細い目つきで安倍を睨む。「安倍の口の悪さはアレだが、あの殺し方は不自然だ」

「何故ですか? すみませんが私には理解ができかねます」滋丘が訊いた。

「知れたこと。人を引きちぎれる膂力だ、こぶしを握って腹や頭を叩けばそれだけで殺せる。胴体をわざわざ手間をかけて二分割する必要はない」

「そりゃあ……そうだな」安倍が頷く。「現に巻き込まれて殺された公安の護衛は腹部を一撃だったはずだ」


 滋丘は頭の中で思い返す。確かに第一被害者から第四被害者は胸部を境に捩じ切られた死体だったが、自らの部下だけは腹部をこぶし大のなにかで貫かれた状態で死んでいた。この違いを滋丘は理解ができなかったので白峯に問う。


「では、犯人は何故、手の込んだ殺害方法を取ったのでしょうか?」


 白峯は髪を手櫛でほぐして答える。


「憶測だが」白峯は前置きをしていった。「分割された彼らは食事だ」

『食事?』


 その場にいた白峯を除く全員の声が重なる。彼らは気恥ずかしいのか互いが互いに顔を見合い、白峯の言葉の続きを待った。


「私の推測に基づく理論展開になるが、退魔師との戦闘において初めて鬼としての力を振るった犯人は強い飢餓感に襲われたのではないかと思う。これは、人間の皮をかぶっている状態、いわゆる省エネ状態だった身体が鬼のものへ戻る過程で必要なエネルギーが枯渇したことが原因だろう」


 そこで安倍が相槌をいれた。


「あー、つまり子供の身体だったのに急激に大人になったから腹減って死にかけてるってことか?」

「おおむねその認識で構わない。そうして鬼になった、戻ったというべきか、そのときに人間という食料が目の前にあるんだ。普通は摂取して空腹を満たすだろうな」


 そこで滋丘が異論を口にする。


「しかし、第一被害者はどこもかじられていませんでしたが」

「長年特記案件に関わっているなら聞いたことはないか? 河童や安達ヶ原の鬼婆などの人の生き胆を食らう妖怪の存在を、だ。人の生き胆は妖怪にとっての薬、とまでは言いすぎだがエナジードリンクぐらいにはなる。少量の心臓や肝臓などを摂取すれば鬼の姿を維持する栄養源にはなりうる」

「小沼、資料を……確かに、第一被害者は腎臓が一つ見つからなかったようです。なるほど、ならば何故一気に人を襲って栄養を摂取しないのでしょうか。殺害がバレたくないのならば被害者の他の臓腑を食べてもいいでしょうし」

「滋丘、腹が減っているからといって青汁が目の前に山ほどあっても飲まないだろう。それに鬼は関係者を殺して隠滅した後、姿を別の皮に変えて人間の世界にまた馴染むつもりのはずだ。そうでなければ、退魔師を殺した時点で遠くへ逃げる」


 白峯が持論をある程度説明したとき、安倍が頭を抱えてソファに座り込んで訊いた。


「ちょっと待ってくれ、なんだか頭ん中がこんがらがってきた。結局、犯人はなにがしたいんだよ」

「まとめてしまえば、バーでマスターこと犯人を知っているやつらを皆殺しにし、別の場所で別の人間として生きていきたい。それだけだろうな」


白峰はきっぱりと言い切った。


「ん? ってことは退魔師が現れなければ何も問題がなかったってことか?」

「さもありなん。奴らが主因だと考えるべきだろうな。ある意味、鬼も被害者ではある」


 白峯はボソリと「退魔師が鬼を見つけなければひっそりと人に迷惑をかけずに過ごしたかもしれない」といってアイスコーヒーを飲み干した。


「じゃあよ、俺たちは退魔師教会の尻拭いてるだけってわけだ」

「実に不愉快な情報ですね。上に掛け合って締め上げてもらいます」


 わざわざ事件をおこして面倒ごとを警察に押し付けている退魔師協会への怒りに燃える警察関係者たちは口々に口ぎたない罵りの言葉を吐き捨てる。そんな彼らを尻目に白峯はきっぱりと言い切る。


「とはいってもこれは私の状況から見た憶測だ。あっているかどうかは保証できないし、担保してやる気もない。私は仕事分は働いた、決着は警察諸君の手で決めたまえ」


 白峯は頬杖をついて、薄く笑った。


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