「無防備」

「滋丘警部、上から情報が降りてきました。身元不明遺体は睨んだ通りの退魔師協会に所属している陰陽師でした。名前は刀岐神奈とき かんな、刀岐家の傍流を受け継ぐ陰陽師、札を使用し祓う武闘派で、退魔師協会は調伏が引き金になって死人が出たことを認めたくなくだんまりを決め込んだようです。こっちから潜り込ませてる奴らを使って秘密裏に情報を流させたので確実かと」

「あのクソどもが……結構、他の補助に回ってください。白峯さん、進捗はいかがでしょう」

「もう少し待て、チューニングが終わっていない」

「無理は承知です、ですが、なるべく早くお願いします」

「わかってる。クーラーの分は働く」


 大杉の手で蘇ったクーラーをガンガンに利かせた事務所で、滋丘率いる公安刑事たちと安倍と白峯はそこらかしこに地図や道具を広げ、互いに檄を飛ばしながらバタバタと室内を走り回る。

 喫茶店での会議を終えた滋丘は事態の解決には白峯の助力が必要だと判断し、事務所への早急な新しいクーラー設置を条件に公安の簡易作戦室と化した白峯の探偵事務所は、現在三班に分かれて行動していた。

 まずは、関係各所との連携連絡を主に動く滋丘班。犯人と対峙する際の場所の確保や退魔師協会の隠している事実などを探り情報を得る裏方の班であり、最終的な作戦の成功率に直結する重要な役回りを任されている班である。

 次に白峯の指示で犯人と対峙する際の装備を整えている安倍班。彼らは事務所の真ん中にある応接用に揃えられたそこそこの値段がするローテーブルの上部へと秘密裏に取り寄せた大口径の銃や爆薬を丁寧に並べては分解や点検をして整備をおこなっている。

 最後は白峯班、といってもこの班は白峯だけの人員割り振りである。白峯は事務所の通りに面した側の壁面近くに見栄えだけで置いているデスク上で、東京近郊の地図を広げてペンデュラムを使ったダウジングに取り組んでいた。


「白峯ェ、まーだみつかんねぇの?」

「やかましい。そもそも私は対象を捜索する術式は得手ではない。滋丘、賀茂かもやら志我閉しがのが専門だろう、助力は頼めないのか」

「いやはや、まったくもって今回の事件に関しては協力を得られそうにはありませんでして。なんなら証拠隠滅のために敵に回るかもしれません」

「うわ、面倒くさ。白峯やっちゃえよ」

「それでも公僕か貴様」

「つか、そのダウジングってなんだよ。井戸とか見つける奴だろ、それ」

「不勉強者め」と吐き捨てながら白峯はダウジングについて口にする。「――ダウジング。本来は地下水や貴金属の鉱脈など隠れた物を道具を用いて探索する手法であり、一般的にはL字に曲がった棒を使用することが多いが、私のように振り子を使った方法も少なくはない。対象に反応するだけのL字型とは違い、私のおこなっているペンデュラム式は地図を直接差せる。特定の人物を探したいならばペンデュラム式のほうが有用だ」

「そうか……まだか?」

「次に私の仕事へケチをつけたら鬼が来る前に貴様を殺す」


 安倍に一瞬だけ殺気を飛ばす器用な芸当を見せて、白峯はペンデュラムに引き続き力を送る。白峯が探しているのは犯人である鬼で、追跡に必要な情報がなにも揃っていないためにゼロベースからダウジングで捜索しており、普通の何倍も時間がかかっているのである。


 そんなこんなで二時間が過ぎ、午後の四時となった。白峯探偵事務所には早めの夕食代わりにデリバリーでピザやハンバーガーなどの手軽に摘まめる食事が用意された。安倍はマルゲリータを口いっぱいに頬張って装備の最終調整をしている中、白峯に不意に訊かれた。


「そういえば、おまえは件のバーでなんと呼ばれていたんだ」


 右手の中指に括りつけたペンデュラムが遊園地の空中ブランコよろしく高速回転している状態で尋ねられた安倍は、面食らいながらもボソボソと答える。


「金魚割り……」


 白峯と安倍を除くその場にいた全員が一斉に顔を伏せた。


「似合わん」白峯が鼻で笑う。

「ほっとけ」安倍が眉間に青筋を浮かべて言い返した。

「ンンンッ。私は個性的でなかなかいいご趣味だと思いますが?」滋丘は半トーン高い声でフォローした。


「滋丘さん、声が上ずってます」


 安倍の指摘をゴホンゴホンと咳払いをすることで誤魔化した滋丘は、話を逸らすために白峯に進捗を尋ねる。


「探知はいかがでしょう白峯さん」

「あっ、誤魔化した。笑ったの誤魔化しましたよね滋丘さん」

「えへんおほんごほんっ。そんなわけないじゃないですか、ね? 白峯さん」


 白けた目で追撃する安倍から逃れ、滋丘は腰を落としてスススっと近寄って猫なで声で同意を求めた。


「私に同意を求めるな……んっ」 白峯は眉を顰めて、普段出すよりも遥かに大きな声でその場にいた全員に伝える。「――来た。ペンデュラムに反応あり、板橋に潜伏している。常連の現在の居場所はどこだ」


 白峯の言葉通りにペンデュラムが地図の一か所を物理法則に逆らって指し示している。


「小沼」と滋丘が部下を短く呼び、小沼と呼ばれた部下はタブレットを素早く操作して確認する。そして、タブレットの地図上に表示されている二つの赤い点を見て、全員にわかるように大声で叫ぶ。


「安倍さんを除くと……板橋からだと西島さんのほうが近いです。場所は練馬区、護衛は安藤と木村の二名です。三村、連絡」

「もうやってますっ。おい安藤か、ホシは板橋に潜伏中だ。おまえらとは距離がかなり近い、急いで逃げろっ」

「公安直下の避難シェルターはどうだ。特記案件なら事後報告で使えるだろっ」

「それよりも応援を回した方がいい、近場の公安刑事は誰がいるっ」


 一気に浮足立ち騒然となる事務所内であったが「やかましい」の一言とともに白峯の柏手一発が室内に響きわたる。当然、一同の視線は白峯に向かった。


「やかましい。落ち着いて行動しろ、焦れば後悔することになる。例え鬼といえども人目につかないように行動するならば移動距離は知れている、幸いまだ日は高い。さっさと新幹線なり飛行機なりで東京から距離を取ればいい」


 冷静に指摘する白峯の助言を受けた滋丘はコクリと頷き、周囲の人間と連携して行動を開始した。白峯は右手のペンデュラムを専用の台に設置し、グッと背を伸ばして若干硬くなったピザを口に運んだ。


「なぁ、白峯。結局のところなんだが、鬼はなにがしたいんだ?」安倍が訊いた。

「さぁな」と白峯はすげなく流すが、まもなく顎に手をやって、数秒黙って口を開く。「これは私の所見だが――」

 そういって、白峯は自身の考えを周囲に向けて述べ始めた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る