=spill=

第18話

弾むような足どりで戻っていった直井の肩に、増川が手を置いた。升が何か言った途端、全員そろって大笑いしている。


“この世でいちばん大切な3人”が、どんどん遠ざかっていく。

藤原は何も言えず、追いかけることも出来ず、それを見つめ続けた。



―――あいつの気持ちを拒絶した、これがその代償。

―――何を暗い気持ちになってる?これは俺自身が招いた、当然の帰結だろう。



窓の外では、さっきから泣き出しそうだった空からついに水がこぼれ、稲光が走り始めた。

置物にでもなったかのごとく動かない藤原のところへ、升がやって来る。



升「おい、何してんだ。行こう」



はるか向こうに、何か話している直井と増川の姿が見えた。小さく。とても小さく。



藤「…………、」

升「どうした?」



口調は訝しむようなものだが、苦笑されている気配が伝わってくる。



藤「………」

升「行こう。とりあえず事務所行って…」

藤「あいつも…?」



目線を動かして、かの人を示す。



升「え?ああ。いや、あいつはいったん家に帰って、荷物置いてからでも…」

藤「チャマは!」



自分でも驚くほどの大声を上げた藤原に、しかし升は動じなかった。



升「あいつのことは“仲間”以上には見れないんじゃなかったっけ」



“仲間”?

友情か?恋愛か?信頼か?

誰かを必要だと思う心に、何としてでも一緒にいたいと願うこの気持ちに、名前をつけるのだとしたら…


両の掌で顔をおおった藤原が、懺悔のように声を絞り出した。



藤「チャマがいないと…唄えない」



その瞬間、升の顔から笑みが消える。



升「おまえ、好きでもない相手にそんなに振り回されてるのか?」






ぐずぐずしている2人を待ちきれなくなったのか、増川と一緒にどこかへ移動しようとする背中が見えた。


あいつを失いたくない。呼び止めなくては。

あいつが行ってしまう前に。


愛称でも名字でもなく。




―――彼の名を、呼ぶ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る