第13話
パリからロンドンへの行程は、そんなに長い時間がかかるわけじゃない。
わざわざ高い金払って飛行機に乗らなくたって、陸路でも行ける。
それでも空を飛んでみたのは、無性に金を遣いたかったから。
曲がりなりにも売れ筋ミュージシャンの端くれとして、同世代の平均収入よりは稼いでるってことは自覚してる。
直『けど、どうせ藤くんがいなきゃ稼げなかったあぶく銭だし…』
あの人を諦めるために、あの人に稼がせてもらった金を遣う。なんて不毛な行動。
卑屈を通り越して、もはや自分自身への呪いだ。
でも、これから先も藤原基央という才能に寄生して生きていくなら、俺の気持ちが存在することは絶対に許されないから。
ごめんね…。許して。
すぐにまた笑って、みんなの前に現れるからさ。
直『………、ふじく…っ…』
雨よ、どうか洗い流してしまえ。
俺のこのどうしようもない想いを。
自分でもどうしたらいいかわからない、迷いを。
どしゃ降りの雨の下でもはっきりとわかってしまう、絶望的な涙を。
ヒースロー空港は、人人人で大混雑だった。
外国の人混みに独りぼっちなんて、孤独感を感じるにはもっとも相応しい環境な気がする。
ふと、藤くんの声が聞こえたような気がして、反射的に振り向いた。
でもそこには、にぎやかな日本人旅行者のグループがいただけ。
そりゃそうだろう。
藤くんは、俺が来る数時間前に日本に帰ったはずなんだから。
直『だめだこりゃ…』
重症だな。
溜め息も苦笑も、一人じゃ空しさが際立つだけだ。
ロンドンは、パリ以上に歴史を感じる景色だった。
立憲とはいえ、今でも王宮があって、陛下と呼ばれる人がいるという事実は、それだけで国の雰囲気を根底から変えるのかもしれない。
フランスから連れてきてしまったかのような霧雨が、夕暮れのビッグ・ベンを幻影のように浮かび上がらせる。
ほんの数日間だけだけど、藤くんがいた街。
藤くんが唄って、藤くんが弾いて、藤くんが眠って、藤くんが食べて、藤くんが歩いたであろう街。
間違いなく吸った空気。
直『ここでなら、いい音楽が生まれただろうな…』
世界でいちばん俺の心を震わせる、彼の曲が。
そう思ったら、水滴がほんの少し温かく感じられた。
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