第3話

ともすれば眠気を誘うほどのざわめき、途切れることなく続くアナウンス、目の前を通り過ぎていく無数の靴。

不意に揺らいだ自分の心に、我ながら嫌気がさした。


せめて行動だけでも早くしようと、足早に歩き始めたその時。背後から、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。






俺と比べてもかなり小さいカバン、いつもの帽子とジャケット、手には普段吸わないはずのタバコを2箱ほど持っている。



直『おまえ…何してんの』

増「何してんのって、それはひどくない?」

直『じゃあ聞き直す。どうして俺がここにいるってわかった?』

増「腐っても理工学部にいた人間をナメない方がいいんじゃないかな」

直『ハッキング!?つぅかおまえの最終学歴は、結局のところ“高卒”だろうが』

増「痛いとこ突くねぇ」



ていうかハッキングなんて出来るわけないでしょ。口から出任せだよ。そう言って、ヒロは笑った。



増「いや、3日前から妙に挙動不審なうちのベースが気になってね、今朝ちょっと家まで行ってみたんだよね。そしたらタイミング良く出てきたのはいいんだけど…」

直『……てめぇストーカーかよ』

増「結果的にストーカーが役に立つこともあるって証明されたわけじゃん。で、何?仕事さぼって旅行?」



とっさに、何も返せなかった。

何を言えばいい?4日前、ロンドン行き前夜のあの人から聞かされた言葉を、どうしたら理解してもらえる?


雨に混じる花煙が、窓の外の視界をどんどん狭めていった。ぽつりと足下に水滴が落ちる。

それを賢明にも見なかったことにしてくれたのは、優しすぎるストーカーの瞳。




―――好きになれなくてごめんな。チャマ。

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