第12話

母が息を引き取る間際にささやいた言葉がよみがえる。



―――幸せに生きなさい。私の分まで。



いやだと言えなかった。

でも、それは生まれて初めて、母に本気で逆らいたいと思った瞬間だった。

母の臨終の瞬間にそんなことを思うなんて?

それでも俺は、こう言い返したかった。



―――どうして、俺1人で2人分も幸せにならなきゃいけないの

―――1人が1人分ずつ、それじゃいけないの

―――みんなで一緒に、幸せに生きていこうよ

―――母さん、生きてよ

―――死なないで



それは、あの時母に言えなかった言葉。

俺の心は、あの満月の夜から一歩も動けないまま。






―――俺を、置いていかないで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る