第7話
その夜、どうしても眠れなくて散歩に出た。
うろうろしていつの間にか遠出してしまう可能性も考えて、自転車を引いて行った。
もう夜はかなり冷えるな……
チャマは今頃どうしてるんだろう。
中国なんて遠いところから、どうやって帰ってくるんだろう。
ロシア軍の攻撃を、どうやってかわしたんだろう。
ちゃんと食べて、寝て、元気でいるんだろうか。
不意に、近所の年寄りの噂話が耳によみがえってきた。
――直井さんもお気の毒にねぇ。
――あぁ、息子さん?
――仕方ないでしょう、お国のためだったんですもの。
――でも、兵隊さんとしての戦死ならともかく、楽士でしょう。
――そうは言っても、それも出征のうちだったんだから…
帰ってこないからって、連絡がないからって、死んだと決めてかかる連中。
俺たちの演奏には喜んで金を払うくせに、楽士として出征したチャマを侮辱する奴ら。
どいつもこいつも、まったく意味がわからなかった。
そもそも、チャマは絶対に元気で帰ってくるのに。
――藤原さんのご長男、最近ちょっとおかしいんですって?
――しっ、声が大きいわ。
――だって、直井くんは絶対に帰ってくるって、ずっと言ってるんでしょ?
――増川さんや升さんの息子さんは、そこまでは言ってないのにねぇ。
――せっかく兵隊さんにならずに済んだのに、そんな心の弱いことじゃねぇ…
つくづくとんでもないことを言う奴らだ。
何の連絡もなしにひょっこり戦場から帰ってきた若いヤツは、他にもいるじゃないか。
升や増川だって、本当はそう信じてるんだぞ。
ただ、おまえらみたいなしょうもない連中に気をつかって、俺みたいに「当然帰ってくる」と言い続けることはしていないだけだ。
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