海辺にて

第4話

電話を切って、そのまま1人で海へ行った。

真っ暗で静かな波を見ていると、自分のちっぽけさがよくわかる。


まだ日付変更までにはかなり時間があるのに、どうしてこんなに夜が深いんだろう。俺が生まれた街って、こういう場所だったのか。


そこへ再び携帯が鳴った。液晶を見る自分の目は、きっと不安定なままだろう。



直『もしもし』

――うぃ

直『………』

――ちゃーま?

直『藤くん……』



今いちばん聞きたくない声だった。聞いたらきっと甘えてしまうから。

いちばん呼びたくない名前だった。呼んだらきっと泣いてしまうから。



――さっき増川が連絡してきたんだよ。

直『お節介なやつ…』

――じゃあこの電話はしない方が良かった?

直『~~~……っ、』

――泣くなよ。

直『泣、いて…なんか…』

――頼むから、俺のいないとこで泣くな。何もできねーじゃん。

直『う、…っく…』



海辺に立ち尽くして、砂に涙をしみこませた。

ついさっきまで一人でグルグルしてたのが嘘のように、呼吸が楽になっていく。


俺はこの人に何度助けられただろう。何度生かされただろう。



――なんか、途中で騒ぎになって抜けたんだって?

直『…あぁ、うん』

――詳しいこと聞いても、あいつ言いたがらなかったんだけど。どしたの?

直『えーと…』



その瞬間、人の気配を感じて振り返った。



直『藤くっ…』

藤「よ」



携帯を耳に当てたままニッと笑う口元が見えた。次の瞬間、きつくきつく抱きしめられる。

一度楽になった呼吸が、また苦しくなった。


どうしてここに?ヒロの電話があってから、すぐ来たわけ?そんな急いで?なんで海にいるってわかったの?



藤「もう泣いてOK。俺がいるから」

直『……』

藤「何だよ」

直『いや、びっくりして…涙とか出ない…』

藤「あっそ」



おい、なんでちょっとスネてるんだ藤原基央。



直『あのさ』

藤「ん?」

直『藤くんを馬鹿にされてキレたんだ、ヒロのやつ』

藤「馬鹿に…?」



我に返った気恥ずかしさもあって、俺は唐突にさっきの説明の続きを始めた。



直『酒癖悪くて、絡んでくるのがいたんだよ。“おまえらイイ商売してるよな”的な。で、俺が適当に“はいはい”って流してたら、ヒロんとこ行って…』

藤「行って?」

直『“どうせお前らは、藤原ってやつの腰巾着だろ”って喚いたわけ』

藤「…は、」

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