第36話 黄昏の将軍

 1568年10月の朝、京都の空がわずかに明るくなる中、足利義昭は征夷大将軍としての就任を控えていた。

 義昭は僧として育てられ、突然還俗させられたことに未だ戸惑っていたが、自分の使命を果たす決意だけは固かった。

 彼は言葉の裏や行間を読まず、言われたことをそのまま受け入れる純粋無垢な性格だった。


「兄上、私は本当にこの重責を果たせるのだろうか…」


 義昭は深い息を吐き、冷静を保つよう努めた。

 新たな将軍としての役割を担うことが義昭の運命であると自らに言い聞かせるが、心中には大きな不安が渦巻いていた。


 京の街は慌ただしい活気に包まれ、人々は義昭の就任が歴史の変節点を告げることを感じ取っていた。

 彼の就任は幕府の新たな黎明を告げる希望の光である一方で、その栄光はすでに薄れていた。


 朝廷内は華やかな儀式と荘厳な装いに包まれ、義昭は名宣言を行った。

 彼の姿は威風堂々としていたが、その背後には独特の文化による建前と本音の使い分けに対する理解がなかった。


「これより新たな時代を築くという大望を持ち、衆心を一つにするよう命ずる。」


 義昭の声は力強かったが、その背後には彼の純粋無垢さと足利幕府へのこだわりが見え隠れしていた。

 その言葉に対し、集まった者たちが高揚するが、義昭はその意味を冷静に受け止めることができなかった。


「私にこの重責を果たせるのか…だが、信長殿がいらっしゃるなら、きっと大丈夫だ。」


 義昭は心の中で信長を「御父」として信頼し、その存在に依存していた。

 彼の目には新たな将軍としての決意と同時に、信長への純粋な信頼が光っていた。


 儀式が終わり、義昭の心は混乱と期待が入り混じっていた。

 義昭が控室に戻ると、信長が待っていた。信長の表情は冷静沈着で、その目には冷徹さが見え隠れしていたが、義昭は彼の存在に絶対的な信頼を寄せていた。


「義昭様、今日の儀式は見事でした。これからの新たな時代に向けて共に歩み、我々の力を結集し、幕府を再興させましょう。」


信長が静かに口を開く。


 義昭は微かに笑みを浮かべ、


「信長殿のお力添えがあれば、きっとこの幕府を再興できると信じております。信長殿の、いえ、御父殿が、私にとって何よりの支えです。」


 信長は軽く頷き、無言で義昭の瞳を見つめていた。

 その内心には、自らの野心を達成するための計画が渦巻いていたが、義昭はそれに気づくどころか、信長の言葉をそのまま受け入れていた。


 義昭は信長との信頼関係を再確認し、自らの決意を固めた。

 彼は兄の義輝の志を継ぎ、足利幕府を続けるための第一歩を踏み出した。


「兄上、私は信長様の支えと共に、幕府を再興し、新たな時代を築き上げます。」


 義昭の就任を皮切りに、京都の情勢は次第に不穏さを増していった。

 義昭は新たな試練に向けて準備を進める必要があることを痛感していた。


 夜風が冷たく肌に触れる中、義昭は星々を見上げながら、その先に待つ大きな戦いと自らの役割を再確認した。


「信長殿と共にあれば、いかなる試練も乗り越えられる」


という信念を心に刻む。


 義昭の心には新たな力強さが戻り、次なる試練に立ち向かう覚悟を胸に秘めていた。

 それは新たな時代を迎えるための初めの一歩であり、足利義昭の運命が大きく動き出す幕開けだった。


続く

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