第35話 陰陽の狭間 ― 信長の選択
信長の上洛から数日が経ち、京の都にその威光が強く浸透していた。
三好やその他の反抗勢力が消え去り、信長は自らの力で朝廷の権威を取り戻し、京を支配下においた。
しかし、その一方で、信長に従う家臣たちには、それぞれの報酬と位置づけを与える時が来ていた。
「信長様、ついに京を制しました。これをもって、各武将に功績に応じた報酬を与えるべき時が来ましたな。」
信長の忠実な家臣、森可成が言った。信長はしばし黙って考え込み、やがて頷いた。
「そうだな。今こそ、功を立てた者たちに報いる時だ。」
その日、信長は上洛を祝う意味も込めて、論功行賞の席を設けた。
信長の周囲には家臣たちが一堂に会し、それぞれの功績を報告し、報酬を期待して胸を膨らませていた。
その中で、宗則は信長の前に進み出た。
信長に仕官して以来、彼は数々の戦において重要な役割を果たしてきた。
特に、箕作城の陥落を陰陽道の力を駆使して速やかに決着をつけ、敵方の調略を成功させ、さらに観音寺城での戦いも迅速に終結させた。
その功績は信長の目に留まり、報酬が与えられるべきものとして高く評価されていた。
「宗則、お前の働きは見事だった。」
信長は静かに言った。
「箕作城、観音寺城での戦、敵方の調略、どれもお前の手腕によるものだ。」
宗則は軽く頭を下げ、謙虚に答える。
「ありがとうございます、信長様。お力になれたこと、光栄に思います。」
信長は少し黙り込んだ後、ゆっくりと言葉を続けた。
「お前には、陰陽師としての正式な任命を与えることにしよう。これは朝廷とのやり取りを通じて決まるが、私が取り計らう。」
宗則はその言葉に驚き、深く感謝の意を表した。
「そのような名誉をいただけるとは、光栄でございます。精一杯務めさせていただきます。」
信長は目を細め、少し間を置いてから、続けた。心の中で幾度となく繰り返してきた言葉を、今度こそ口に出さずにはいられなかった。
宗則の才能、陰陽道の力、その全てが織田家にとって有益であることは確かだ。
しかし、その力を手にした者が、過去に幾人も、力を持つことで容易に堕ちていったことも忘れてはならない。
彼の眼差しの奥底に一瞬、警戒の色が浮かぶ。
しかし、それを表に出すことはなかった。
あくまで冷徹に、信長は言葉を続けた。
「だが、忘れるな。お前の力は我が織田家のためだけに用いよ。」
その一言が、宗則にとってどんな意味を持つのか、信長自身も十分に理解していた。
だが今は、その警戒心を表に出す必要はないと判断していた。
宗則に与える力は、信長の管理下で最大限に活用する。
それが最も有益であり、信長の目的を果たすために最良の方法だと確信していた。
宗則はその言葉を胸に刻み、深く頭を下げた。
信長の冷徹な言葉に、彼は感謝の気持ちを持ちながらも、心の中でその警戒を忘れることはなかった。
信長の期待と警戒が交錯したその瞬間、宗則は自分の立場を再認識した。
信長は周囲の家臣たちを見渡し、さらに言った。
「宗則には、このような報酬を与えた。皆も、これからの戦で力を尽くすことを期待している。」
席は一旦締めくくられ、家臣たちはそれぞれの役割に戻るべく立ち上がった。
宗則はその後ろ姿を見つめ、信長の期待と警戒の眼差しを感じ取った。
陰陽師としての職位は大きな名誉であり、彼はその重責をしっかりと胸に刻み込んだ。
しかし、その力を使うことには慎重さが求められることを、信長の冷徹な言葉が改めて思い起こさせた。
続く
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