第30話 暗影の陰陽師

 永禄十一年(1568年)八月末、織田信長の上洛を支えるべく、柴田勝家の軍勢は北近江の六角氏の拠点・箕作城を攻略することを命じられた。

 六角氏の支配下にあるこの城を落とすことは、信長の上洛への道を開くための重要な前進となる。


 勝家は戦の準備を進める中、宗則にこの戦の軍師としての役割を任せた。

 宗則は冷静に戦局を分析し、巧妙な策略を立てていた。


 戦の開始前、勝家は集まった部下たちに向かって言った。


「我々は正面からの攻撃に頼るだけではない。宗則、そなたの考えを聞かせてくれ」


 宗則は慎重に言葉を選びながら答える。


「勝家様、箕作城は防御が堅牢ですが、地形を生かした奇襲が可能です。特に、北西の風を利用して兵糧庫を焼くことができれば、敵は士気を大きく削がれます」


 勝家はその案に耳を傾け、慎重に頷いた。


「なるほど。ならばその計画で進めよう。ただし、風の方向や兵の配置に細心の注意を払う必要があるな」


 宗則はその指摘を受け、さらに詳細な計画を練り上げる。


「風向きはこの時期、北西から南東に吹きます。風が強い日は煙が広がり、敵の視界が奪われるはずです。その隙を狙い、私たちの部隊が一気に兵糧庫を攻め、敵の本陣に混乱を引き起こします」


 勝家はその詳細な説明を聞き終え、声を張り上げた。


「よし、宗則の策を採用する。準備を整えろ!」


 その夜、宗則は密かに自らの部屋でくの一・綾瀬を呼び寄せた。綾瀬は宗則の信頼する部下であり、情報収集と隠密行動を得意としている。


「綾瀬、明日、敵城下に潜入する際の注意点だ。この時期、月の明るさが一層目立つため、なるべく影に隠れながら移動せよ。敵に気付かれぬよう、慎重に動いてほしい」


綾瀬は頭を下げ、返事をした。


「承知しました、宗則様。今夜は月明かりが強いですが、木々の陰を巧妙に利用します」


 宗則は香の小袋を差し出しながら続けた。


「これを持っていけ。煙を焚けば、敵の視線を逸らし、少しの間だが無防備にできるだろう」


 綾瀬は微笑んで受け取ると、軽く頷いた。


「ありがとうございます。必ず役立ててみせます」


 戦いの翌日、織田軍は宗則の計画通り、風を巧みに利用して火攻めを開始した。

 兵糧庫に火を放つと、煙と炎が城内に広がり、六角軍の士気は大きく低下した。

 城内からは混乱した叫び声が響き渡り、敵軍は思うように動けなくなった。


 その隙に、宗則はさらに策を講じる。


「勝家様、狼煙を上げ、煙をさらに広げましょう。そして、旗印を六角家のものに変え、内部に裏切り者がいるかのように錯覚させれば、敵軍の統率は崩れるはずです」


 勝家はその提案を即座に採用し、周囲の兵に指示を出す。


「よし、動け! 旗を変え、混乱を煽れ!」


 宗則の巧妙な策と勝家の指導のもと、織田軍は一気に城内に突入。城を守る六角軍は混乱し、守備が薄くなった隙を突いて、織田軍は迅速に箕作城を攻略した。


 戦後、勝家は宗則に向かって笑みを浮かべ、肩を叩いた。


「宗則、見事だ。お前の策がなければ、この箕作城をここまで早く落とすことはできなかっただろう」


 宗則は微笑みながら頭を下げる。


「いえ、勝家様の的確な指揮があってこその勝利です」


 勝家は満足げに頷き、すぐに次の戦いへと準備を始めた。

 宗則はその姿を見つめながら、自らの知識と力が織田軍に役立っていることを実感し、次なる戦いへの意気込みを新たにした。


続く

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