第26話 権力の綻び

 二条尹房は、近衛前久の動向に、神経を尖らせていた。

 前久は、関白の座にありながら、朝廷改革を推し進め、着実に自らの影響力を強めていた。


 尹房は、前久の改革が、いずれ二条家の権力を脅かすことになるだろうと、危惧していたのだ。


(…近衛め…油断ならぬ…)


 尹房は、前久の行動を、注意深く監視していた。


 そんな中、尹房は、前久が、朝廷の重要な儀式である「新嘗祭」の形式を変更しようとしていることを知る。


 新嘗祭は、天皇が、その年に収穫された新穀を神々に供え、感謝を捧げる、重要な儀式だった。


 その形式を、前久が、勝手に変更しようとしている。


 尹房は、これを、前久が、自らの権力を誇示し、朝廷の伝統を無視する行為だと、激しく非難した。


「…前久卿は、朝廷の秩序を乱そうとしておる! 断じて、許すわけにはいかぬ!」


 尹房は、家臣たちを集め、前久の改革を阻止するように命じた。


 しかし、尹房の抵抗は、無駄に終わった。


 前久は、すでに、多くの公家たちを、味方に引き入れていた。


 彼らは、前久の改革を支持し、尹房の抵抗を、古い秩序にしがみつく、時代遅れの行為だと、批判した。


 尹房は、孤立無援の状態に追い込まれていった。


(…誰ぞ…わしに力を貸してくれ…!)


 尹房は、焦燥感に駆られていた。

 そんな尹房に、一筋の光が差し込んだ。

 それは、二条家の家臣から、持ち込まれた情報だった。


「…殿、近衛前久卿は、密かに、朝廷の財産を私物化しておられます」


 家臣は、尹房に、そう耳打ちした。


「…なんと…!? それは、本当か…?」


 尹房は、家臣の言葉に、驚きを隠せない。


「…はい。確かな筋からの情報でございます」


 家臣は、自信に満ちた口調で言った。


 尹房は、この情報を、利用して、前久を失脚させようと考えた。


 彼は、前久の不正を、天皇に訴え出た。

 しかし、前久は、尹房の告発を冷静に受け止め、こう言った。


「…二条卿、証拠もなく、そのような告発をなさることは、いかがなものかと存じます」


 前久は、自らの潔白を証明するために、尹房に、証拠を提出するように要求した。

 しかし、尹房は、証拠を提出することができなかった。


 家臣から得た情報は、すでに漣によって隠滅工作がなされており、確たる証拠はなかったのだ。


 尹房の告発は、失敗に終わった。


 前久は、尹房の告発を逆手に取り、彼を「根拠のない告発で朝廷を混乱させようとする老害」として、非難した。


「…二条卿は、自らの権力欲のために、朝廷を混乱させようとしておる! 断じて、許すわけにはいかぬ!」


 前久は、尹房を、激しく糾弾した。


 尹房は、前久の言葉に、反論することができなかった。


 彼は、完全に、前久の術中にはまってしまったのだ。


 この事件により、尹房の権威は、失墜した。


 彼は、朝廷内で、孤立無援の状態に追い込まれ、失意のうちに朝廷を去ることになった。


 二条家の家督は、尹房の長男である二条晴良が継いだが、父である尹房の失脚により、二条家の立場は大きく揺らいでいた。


 晴良は、父を陥れた前久を深く恨み、復讐の機会を伺うこととなる。


 一方、漣は、この一連の出来事を、陰ながら操っていた。


 彼は、尹房の失脚を狙い、家臣に偽情報を流すと同時に、前久に不利な証拠を密かに隠滅させていたのだ。


 漣は、前久の派閥に属しており、表向きは前久を支持していた。


しかし、漣は、前久を利用するつもりだった。


 彼は、前久を利用して、二条家を潰し、自らの権力を拡大しようと目論んでいたのだ。


漣の策略は、見事に成功した。


 尹房は、失脚し、二条家は、大きく勢力を弱めた。


 前久は、漣の働きに感謝し、彼を、自らの懐刀として、重用するようになった。


 漣は、前久の信頼を得て、朝廷内で、着実に、自らの地位を築いていった。


(…次は、あの男か…)


 漣は、冷酷な笑みを浮かべながら、ある人物に思いを馳せた。


 尾張の風雲児、織田信長。


 漣は、信長を利用して、自らの野望を実現しようと、考えていた。


(続く)

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