第23話 月下の密約

 春蘭の屋敷は、静寂に包まれていた。

 夜更けにもかかわらず、春蘭は、書斎で一人、考え事をしていた。

 彼女の顔には、疲労の色が濃く、眉間には深い皺が刻まれていた。


(…信長との同盟は、成立した…しかし…)


 春蘭は、安堵よりも不安の方が大きかった。

 信長は、確かに優れた才能を持った人物だった。

 しかし、同時に冷酷で、容赦のない人物でもあった。


(…信長は、本当に、藤原家の味方になってくれるのだろうか…?)


 春蘭は、信長への不信感を拭い去ることができなかった。

 その時、襖が開き、漣が部屋に入ってきた。


「…春蘭様、お邪魔してもよろしいでしょうか?」


 漣は、春蘭に丁寧に尋ねた。


「…ええ、どうぞ」


 春蘭は、漣に席を勧めた。


「…宗則殿は、無事に尾張へ到着したのでしょうか?」


 漣は、春蘭に尋ねた。


「…ええ。白雲斎様の寺に立ち寄った後、尾張へ向かったそうです」


 春蘭は、答えた。


「…そうですか…」


 漣は、意味深な表情で呟いた。


「…漣様、何か気になることがあるのですか?」


 春蘭は、漣の様子を見て、尋ねた。


「…いえ、何でもありません」


 漣は、首を横に振った。


 しかし、春蘭は、漣が何かを隠していると感じていた。


「…漣様、あなたには隠し事があるように見えますが…」


 春蘭は、漣の目をまっすぐに見つめた。


「…春蘭様、あなたは信長を信用しておられますか?」


 漣は、春蘭の質問に答える代わりに、問い返した。


「…信長様は、危険な人物です。しかし、藤原家にとって、必要な存在でもあります」


 春蘭は、慎重に言葉を選びながら答えた。


「…信長は、天下統一を目指しています。彼の野望を止めることはできません」


「…しかし、信長は、藤原家を利用しようとしているだけかもしれません」


 漣は、冷徹な表情で言った。


「…信長は、藤原家の力を借りて、朝廷を掌握し、自らの権力をさらに強固なものにしようとしているのです」


「…それは…」


 春蘭は、漣の言葉に言葉を失った。


「…春蘭様、あなたは信長に騙されているのです」


 漣は、春蘭に近づくと、彼女の耳元で囁いた。


「…信長は、二条卿を排除した後、次は藤原家を標的にするでしょう」


「…そんな…」


 春蘭は、漣の言葉に恐怖を感じた。


 漣は、春蘭の肩に手を置き、冷たい目で彼女を見つめながら言った。


「…春蘭様、信長を信用してはいけません。彼を利用するのは、我々の方です」


 漣は、少しの間、沈黙し、春蘭の反応をうかがった後、静かに続けた。


「…わたくしには、ある計画があります。この計画を実行すれば、信長を我々の思い通りに操ることができます」


 春蘭は、漣の言葉に魅了されると同時に、背筋に冷たいものが走った。


(…漣様…あなたは本当に恐ろしい人…)


 漣の計画は大胆で、危険を伴うものだった。


 しかし、春蘭は、その計画に心を動かされていた。


(…でも、私は、信じるしかない…)


 彼女の心は複雑に揺れ動いたが、最終的に春蘭は決断を下した。


「…わかりました、漣様。あなたの計画に従います」


 漣の目が輝いた。


「…春蘭様、ありがとうございます。これで、藤原家の未来は守られます」


 春蘭は、漣の言葉に安堵と共に、何とも言えぬ恐怖を感じた。


(…これが、藤原家を守るために必要なことなのか…?)


 その時、春蘭の胸に不安がよぎった。


 それでも、今は漣を信じるしかないと、彼女は決心した。


 それは、藤原家と信長との危険な駆け引きの始まりを告げる瞬間だった。


(続く)

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