第20話 訣別の時

 光秀が尾張へと戻ってから数日後、信長からの返答が再び光秀を通じて藤原家にもたらされた。


 信長は、藤原家の提示した条件を受け入れ、宗則を家臣として迎え入れることを約束した。


その知らせを聞いた春蘭は、安堵の表情を浮かべた。


「…これで、信長様との同盟は成立しました」


 春蘭は宗則と漣に静かに告げた。


「宗則様、これよりは信長様のもとで藤原家のために力を尽くしていただきたい」


「…かしこまりました、春蘭様」


 宗則は深く頭を下げたものの、その心中には不安が渦巻いていた。


 信長は確かに優れた才覚を持つ人物だが、同時に冷酷な一面を持つことも知っていた。


(…信長様に仕えるということは、命を懸けた賭けになる…)


 宗則は改めて覚悟を固めた。


 光秀は宗則を見つめながら、低い声で告げた。


「宗則殿、信長様のもとでは多くの試練が待ち受けております。しかし、あなたのような知謀に長けた方であれば、信長様の信頼を得ることもそう遠くはないでしょう」


 宗則は光秀の言葉にうなずきながらも、彼の目の奥にある真意を測りかねていた。


 その時、漣が微笑みを浮かべながら口を開いた。


「宗則殿、信長様のもとでは様々な危険が伴います。そこで、綾瀬殿を護衛としてお供させるのはいかがでしょうか?」


「…綾瀬を?」


 宗則は驚きの表情を浮かべた。


「ええ。綾瀬は武芸に秀で、かつて藤原家の密偵として幾度も成果を上げてきた優秀なくノ一です。彼女がいれば、宗則殿の身の安全も保障されるでしょう」


 漣は春蘭に視線を向け、同意を求めた。


 春蘭は少し考え込んだ後、静かに頷いた。


「漣卿の言う通りです。綾瀬、あなたは宗則様のお供をして彼の身を守りなさい」


「…かしこまりました、春蘭様」


 綾瀬は深く頭を下げた。


 一方で、宗則は漣の提案に裏があると感じていた。


(…漣様は綾瀬を監視役として送り込むつもりなのだろうか…)


 宗則は綾瀬の忠誠心と、漣の真意の間で揺れる思いを抱えていた。


 数日後、宗則は信長のいる尾張へと旅立つこととなった。


 宗則は春蘭の部屋を訪れ、静かに頭を下げた。


「春蘭様、お暇をいただきに参りました」


 春蘭は宗則の顔をじっと見つめると、穏やかな声で言った。


「宗則様、どうかご無事で」


 その声は、息子を遠くへ送り出す母親のような温かさを含んでいた。


 宗則は春蘭の言葉に胸が熱くなった。


「春蘭様…あなたのお言葉、決して忘れません」


 宗則は春蘭の手を取り、そっと握りしめた。


 春蘭もその手を握り返し、静かに微笑んだ。


 翌朝、宗則と綾瀬は藤原家の屋敷を後にした。


 春蘭は屋敷の門の前で二人を見送りながら、優しく声をかけた。


「宗則様、綾瀬、どうぞお気をつけて」


 宗則は振り返り、力強く答えた。


「必ず生きて帰ってきます」


綾瀬は無言で春蘭に深く一礼し、宗則に続いた。


 宗則の背中には、春蘭の温かい眼差しと綾瀬の鋭い視線が交差していた。


(続く)

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