第19話 新しき時代の選択

 春蘭は、信長の提案について悩み続けていた。


 信長の提案は魅力的ではあったが、二条家を排除するということは、藤原家にとって大きなリスクを伴う行為だった。


 宗則と漣は、それぞれ異なる意見を述べ、春蘭の決断をさらに難しくしていた。


「…宗則、漣、あなた方の意見は、よくわかりました」


 春蘭は、二人に礼を言った。


「…しかし、これは、藤原家の命運を左右する、重大な決断です。わたくしは、もう少し、時間をください」


 春蘭は、二人に、考える時間を求めた。


 しばらくの沈黙が流れ、春蘭は、二人に向き直った。


「…二人とも、正直なところ、どう思われますか?」


 春蘭は、二人に、本音を聞こうとした。


「…私は、信長様と手を結ぶべきだと思います」


 宗則は、改めて、自分の意見を述べた。


「…信長様は、必ずや、天下を統一されるでしょう。その時、藤原家は、信長様の後ろ盾を得て、さらなる繁栄を約束されるはずです」


「…しかし、二条家を潰せば、藤原家内部の権力争いが激化し、春蘭様の立場も危うくなる可能性があります」


 漣は、再び、反対意見を述べた。


「…信長様は、危険な人物です。彼と手を結ぶことは、大きなリスクを伴います」


「…しかし、二条家を敵に回すことは、さらに大きなリスクとなります」


 宗則は、反論した。


「…信長様は、古い秩序を壊そうとしています。藤原家もまた、古い秩序の一部です。信長様と対立すれば、藤原家は、滅びの道を辿ることになるでしょう」


「…宗則殿の言う通り、信長様を敵に回すことは避けたい。しかし、二条卿を裏切ることも、容易ではありません…」


 春蘭は、苦悩していた。


 二条尹房は、春蘭にとって、父である花山院忠輔の代からの盟友ではあった。


 しかし、それはあくまで、互いの利害が一致していたからこその関係だった。


 近年、二条家は勢いを失い、尹房も老齢のため、政治的な影響力は低下していた。


 春蘭にとって、尹房はもはや、かつてほどの価値のある存在ではなくなっていたのだ。


「…それに、信長様は、本当に、藤原家に利益をもたらしてくれるのでしょうか? 口では良いことを言っても、実際には、藤原家をないがしろにするかもしれません」


 春蘭は、信長への不信感を口にした。


「…確かに、その可能性もあります」


 宗則は、春蘭の言葉に、頷いた。


「…信長様は、野心家です。自分の利益のためなら、手段を選ばない男かもしれません」


「…では、どうすれば…?」


 春蘭は、再び、苦悩に沈んだ。


 しばらくの間、沈黙が続いた。


 その沈黙を破ったのは、漣だった。


「…春蘭様、信長様の提案を受け入れましょう。しかし、その代わりに、信長様に、ある条件を提示してはいかがでしょうか?」


「…条件…ですか?」


 春蘭は、漣の言葉に、興味を示した。


「…はい。信長様は、才能のある者を、求めておられます。そこで、信長様に、宗則殿を、彼の家臣として仕官させるように、約束させてはいかがでしょうか?」


「…宗則様を…?」


 春蘭は、漣の提案に、驚いた。


 宗則もまた、漣の言葉に、驚きを隠せない。


「…漣様、それは…」


「宗則殿、信長様に仕えることは、あなたにとっても、良い機会になるでしょう。信長様の下で、あなたの才能を活かすことができます」


 漣は、宗則に、にこやかに言った。


 しかし、その言葉の裏には、別の意図が隠されているように、宗則には感じられた。


「…それに、宗則殿が信長様に仕えることで、藤原家は、信長様とのパイプを持つことができます。そして、信長様が、藤原家に不利な行動を取ろうとした場合、宗則殿が、それを止めることができます」


 漣は、春蘭に、説明した。


「…なるほど…」


 春蘭は、漣の提案に、深く頷いた。


「…それは、良い考えですね。信長様も、宗則様のような、優れた知略の持ち主を、喜んで、家臣に迎えられるでしょう」


「…それに、宗則殿は、あくまで、白雲斎様の弟子であって、藤原家の者ではありません。仮に、信長様の下で、何かあったとしても、藤原家への影響は、最小限に抑えることができます」


 漣は、冷酷なまでに、現実的な意見を述べた。


 宗則は、漣の言葉に、背筋が寒くなるのを感じた。


(…漣様は、私を、信長様の元へ、送り込むことで、藤原家へのリスクを、回避しようとしている…)


 宗則は、漣の真意を見抜いた。


 しかし、宗則は、それを口に出すことはできなかった。


続く

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