第18話 明智光秀の来訪

 数日後、信長からの使者として明智光秀が藤原家を訪れることが正式に告げられた。

 光秀の名は、宗則も以前から耳にしたことがある。

 美濃の斎藤道三に仕え、その智略を認められ信長の側近となった男。

 その評判に、宗則は少なからず興味を抱いていた。


 この訪問は単なる挨拶ではない――それは藤原家の誰もが理解していた。

 宗則や漣、そして春蘭も屋敷の格式を整え、万全の体制でその日を迎えた。


 やがて、明智光秀が藤原家の広間へ通された。

 深い頭を下げ、静かな足取りで進む光秀の姿は、知性と冷徹さが同居する佇まいだった。


「わたくしは明智光秀と申します。信長様の命を受け、上洛に先立ち、京に参りました」


 光秀は落ち着いた口調で自己紹介をすると、三人を見回した。


「ようこそ、藤原家へ」


 春蘭が柔らかな笑みを浮かべ、丁寧に応じた。


「わたくしは花山春蘭。この者たちは、藤原漣卿と東雲宗則殿です」


 漣は鋭い視線を光秀に向け、軽く会釈するだけだった。

 宗則は彼の佇まいを観察し、その冷静さと確固たる自信に内心感心していた。


「信長様は、上洛の暁には朝廷の権威を守ることを第一に考えておられます」


 光秀の静かで澄んだ声が広間に響く。


「信長様は武力だけで天下を治めるお方ではありません。古い秩序を壊し、新しい時代を築こうとしておられます」


「新しい時代…?」


 宗則が思わず呟く。


「はい。信長様は、身分や家柄に囚われず、才能ある者を登用し、天下を統一するという志を持っておられます。藤原家にも、その大志を支える一翼を担っていただきたいと、信長様は願っておられます」


 その言葉に、春蘭と漣の表情が変わる。

 光秀の語る信長像は危険でありながらも魅力的だった。


「では具体的に、信長様は何を求めておられるのですか?」


 漣が冷徹な声で問いかける。


 光秀は一瞬間を置いて答えた。


「信長様は、朝廷を掌握するための手立てを整えたいとお考えです。そして、その障害となる二条尹房卿を排除することで、藤原家と共に新しい体制を築きたいと考えておられます」


「二条尹房卿を…排除…?」


 春蘭が驚きを隠せない様子で言葉を繰り返す。


 光秀は淡々と続けた。


「信長様が我々に望むのは、二条家の失脚を確実なものとし、朝廷内での新しい秩序を確立すること、というわけです」


「信長様の計画が成功すれば、旧来の秩序は完全に崩れることになるでしょう。しかし、そのためには、我々の協力が不可欠だと?」


 漣が静かに問いかける。


 光秀は頷き、最後にこう付け加えた。


「信長様は、藤原家が近衛派と結託し、共に新しい時代を築くことを心より期待しておられます」


 光秀が屋敷を去った後、三人はしばし言葉を交わさず、その提案について思索を巡らせていた。


(…信長という男、単なる戦国の武将ではない。だが、その野望に加担することが正しいのか…?)


 宗則の胸には複雑な思いが渦巻いていた。


続く

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