第11話 禁忌の選択

 宗則は、春蘭の元で陰陽道の修行を重ねる日々を送っていた。

 天文による天候の予知や風水、体調管理、そして祈祷など、すべてが戦術に生かすための技術だった。

 だが、その修行の先に待つのは、単なる戦略の幅を広げるだけではなかった。


ある日、春蘭は重い口を開いた。


「宗則様、あなたはこれから、陰陽道の表裏を知る必要があります」


 その言葉は、宗則にとってまるで雷のように響いた。

 表と裏──それは、陰陽道における二つの面、光と闇、そして許されざる力をも含むものだ。


「表を知る者は、光明を見、裏を知る者は闇を見ます。そして、表裏を知る者だけが、完全な力を手にすることができるのです」


 春蘭の声には、どこか冷徹な響きがあった。それと同時に、その眼差しには、何か深いものを悟っているような暗さが潜んでいた。


「裏を知る…それは、禁忌の術を学ぶことを意味するのでしょうか?」


 宗則は、言葉を絞り出すようにして尋ねた。禁忌の術――それは、どんなに優れた陰陽師でも決して触れることのない、暗黙の領域だった。

 宗則は、それが必要だということを本能的に感じ取ったが、同時に心の中で大きな抵抗があった。


「そうです。あなたがこれから戦に臨むにあたり、陰陽道の全てを知り、使いこなす必要がある。陰陽道の力には表と裏がある。それらを区別なく使いこなすことで、初めて戦の流れを操ることができる」


 春蘭の言葉は、宗則を次第に追い詰めていった。禁忌の術を学ぶこと。それは、単なる戦術の延長線上にある力ではない。

 裏の力を使うということは、戦においても冷徹で容赦ない選択を強いられることを意味していた。


 宗則はしばらく黙っていた。

 その内心では、禁忌の術を学ぶことの恐ろしさと魅力が入り混じっていた。

 もしその力を手に入れたなら、戦局を有利に導くことができる。

 だが、その力を使えば、どんな手段でも選び取ることができてしまう。

 感情や道義に縛られず、冷徹に勝者となることができる。それが恐ろしいことであると同時に、強力な武器でもあった。


「ですが…その力を手に入れることが、私にとって本当に正しいのでしょうか?」


 宗則は、目の前の春蘭に向かって、ついに自らの不安を口にした。

 その言葉は、彼自身が抱えていた大きな葛藤を象徴していた。力を手に入れれば、戦の流れを操り、勝利を確実にすることができる。

 しかし、同時にその力は、彼の心の中にあるものを変えてしまうのではないかという恐れもあった。


「力を得ることには、代償が伴います。だが、戦の世界では、その力を使わなければ生き残れない。あなたが持つべき力は、ただ勝利をもたらす力だけではない。あなたには、戦の流れを読み解く能力と、最も冷徹で効果的な手段を選ぶ力も必要なのです」


 春蘭は、冷ややかな視線で宗則を見つめ続けた。その目には、彼が持つべき力を知っているという確信が込められていた。


「あなたが選べる道は一つしかありません。表を知り、裏を知り、そしてその両方を使いこなす。もし、あなたがその覚悟を持てなければ、この修行は終わりです」


 春蘭の言葉が、宗則の心に突き刺さった。

それは、選択肢のようで選択肢ではない、絶対的な命令のように感じられた。

 禁忌の術を学び、その力を使うこと。それが今、彼にとっての唯一の道であるように思えた。


 宗則は深い息をつき、目を閉じた。心の中で、何度もその言葉を繰り返していた。


「表と裏を知る」


その言葉が、何度も何度も頭の中を駆け巡る。今はまだ、その決断を下すことができなかったが、いずれ選ばざるを得ないということは感じていた。


 その晩、宗則は一人、深い夜の静けさの中で考えた。自分はどこへ向かうのか。

 この先、彼が選んだ道がどれだけ冷徹で非情なものになるのかを――。


「私は、この力を手にするべきなのか?」


 その問いに対する答えは、まだ見えていなかった。

 しかし、彼の心は次第に、その答えを見つけるために動き出していた。


「──続く」

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