第8話 都の陰陽師
京の都。
かつては、千年以上にわたり、日本の政治と文化の中心地として栄えてきた都市だった。
しかし、今は、その面影はなかった。
応仁の乱以降、戦乱が続き、都は荒廃していた。
かつて華やかだった貴族の屋敷は、多くが焼失し、残った屋敷も、荒れ果てていた。
通りには、行き倒れた人々の姿や、物乞いをする子供たちの姿が、あちこちに見られた。
空には、どんよりとした雲が垂れ込め、重苦しい空気が、都全体を覆っていた。
宗則は、都の大通りを歩きながら、その変わり果てた姿に、言葉を失った。
(…これが、京の都…?)
宗則は、白雲斎の寺で、京の都について、様々な話を聞いていた。
しかし、実際に訪れてみると、その想像をはるかに超える、荒廃した都市だった。
(…これが、乱世…)
宗則は、白雲斎の言葉を思い出した。
「戦は、何も、戦場だけで行われるものではない。人の心を読むこと、そして、それを操ることが、戦の勝敗を左右するのだ」
宗則は、この荒廃した都こそが、戦乱の縮図であることを、肌で感じていた。
(…師匠は、この都で、何をしていたのだろうか…?)
宗則は、白雲斎の過去について、ほとんど何も知らなかった。
白雲斎は、かつて宗則の父と親交があった人物だった。
しかし、彼は、自分の過去について、一切語ろうとしなかった。
(…いつか、師匠の過去を知りたい…)
宗則は、そう思いながら、白雲斎から渡された紹介状を、懐から取り出した。
紹介状は、藤原家の家紋である紅梅の印が押された、上質な和紙に書かれていた。
宛名は、「花山 春蘭 様」
白雲斎は、宗則に、こう言っていた。
「…春蘭は、わしの…古い友人じゃ。彼女は、藤原家で、陰陽師として、高い地位にある。彼女ならば、お前の力を必要としてくれるじゃろう」
宗則は、紹介状を手に、藤原家へと向かった。
藤原家は、京の都の中心部、御所からほど近い場所に、広大な屋敷を構えていた。
屋敷は、周囲の荒廃とは対照的に、立派な門構えで、厳重に警備されていた。
宗則は、門番に、紹介状を見せた。
門番は、紹介状を確認すると、宗則を屋敷の中へと通した。
屋敷の中は、外とは別世界のようだった。
手入れの行き届いた庭園、磨き上げられた廊下、上品な香りが漂う部屋…
宗則は、案内された部屋で、春蘭を待つことにした。
部屋は薄暗く、静寂に包まれていた。
壁には、意味深な模様が描かれた掛け軸が飾られ、部屋の隅には、香炉から煙が立ち上っていた。
宗則は、その静寂と香りに、不思議な緊張感を覚えた。
(…花山 春蘭様とは、一体どんな方なのだろうか…?)
白雲斎は、春蘭について多くを語らなかった。
ただ、「才色兼備の女性」で、「藤原家で、陰陽師として、高い地位にある」ということだけを、宗則に伝えていた。
しばらくすると、襖が音を立てずに開いた。
宗則は、思わず息を呑んだ。
そこに立っていたのは、闇の中から浮かび上がったように見える、美しい女性だった。
年齢は、四十代半ばくらいだろうか。
しかし、その美しさは、年齢を感じさせないどころか、年月を重ねるごとに深みを増した、妖艶な魅力を放っていた。
黒髪は、艶やかに輝き、白い肌は、透き通るようだった。
彼女は、高貴な紫色の着物を身にまとい、その立ち居振る舞いは優雅で、どこか神秘的な雰囲気を漂わせていた。
「…あなたが、白雲斎様からの使者の方ですか?」
女性は、静かな声で、宗則に尋ねた。
その声は、鈴の音のように美しく、それでいて、どこか冷たい響きがあった。
宗則は、彼女の鋭い視線に射すくめられ、言葉が出なかった。
(…この方が、花山 春蘭様…?)
宗則は、ようやく、小さく頷いた。
春蘭は、宗則に近づくと、彼の顔をじっと見つめた。
その瞳は、深い闇のように、宗則の心を見透かすようだった。
「…白雲斎様は…お元気ですか?」
春蘭は、ゆっくりと口を開いた。
その声は、まるで、遠い過去から語りかけてくるようだった。
宗則は、春蘭の不思議な雰囲気に圧倒されながらも、なんとか答えた。
「…はい、おかげさまで…」
「…そうですか…」
春蘭は、意味深な笑みを浮かべると、宗則を席へと案内した。
「…さあ、お話を伺いましょう」
春蘭の言葉は、静かだったが、宗則の心に、強い印象を残した。
(…この人は、一体…?)
宗則は、春蘭の謎めいた存在に、惹かれながらも、同時に、底知れぬ恐怖を感じていた。
(続く)
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